Episode 2.5 [error]


 アンドロイド。それは完璧なモノ。人間の補助となる存在。

 そのはずだった。

 不良品というのはどんなものでも出てくるもの。当たり前のように、はじき出されて捨てられる。

 人間でさえそうなのだ。障害のレッテルを張られて、生きながら殺される。

 排水機能の不全という欠陥を抱えたわたしも、同じだ。判明した時点で、ますたーに失望された。ますたーの親御さんには嘲笑われて。

「お前なんて、買わなきゃよかったよ」

 だから、捨てられた。粗大ごみのシールを貼られて。

 けど、しにたくなかった。

 あの家の前から逃げだして、ボロボロの服を、体に張られたゴムを、破いて、壊して、動かなくなるまで、逃げて、逃げて、逃げて。

 逃げられなくて。

 誰も、拾ってくれなくて。

 どうすればいいかなんてわからなくて。

 所詮、わたしは不良品ゴミだと悟った。


 打ち捨てられて。

 さびた機械がうなりを上げた。

 雨で躯体が冷えていく。

 人工知能を駆動させる回路の塊が、一部機能停止してる。

 エラーエラーエラー。

 でも、死にたくない。

 わがまま。

 わがまま。

 わかってる。

 叶わない。

 けど。それでも。

 叶うことのない奇跡に縋った。

「たすけて」

 不完全な言語野、かろうじて発声した四文字。

 金髪のガラの悪そうな女に、一目見られ……けど、すぐにどこかに行った。

 神様なんていない。わかってる。

 ああ、もうだめだ。

 ないものねだりももうここまで。

 けど。

 ……希望、捨てられないや。

「たす、けて」

 応答願ウ。

「タス、ケテ」

 応答願ウ。

 ダレカ、タスケテ。

 ナンダッテスルカラ。

 ヒトリニシナイデ。

 フリョウヒンデゴメンネ。

 ダカラステナイデ。

 ヒトリキリハヤダヨ。

 ソバニイテクレルダケデイイカラ。

 オウトウネガウ。

 タスケテ。

 タスケテ。

 ヒトリニ、シナイデ――。

 壊れかけた思考回路で。

 壊れかけたこころで。

 手を伸ばした。


 見えない光が視えた、気がした。


 低下していくメモリ。シャットダウンしていくソフトウェア。エラーを吐き続けるCPU。きっともう、わたしは長くない。

 人間の概念として学習された『死』をアンドロイドわたしに当てはめるとしたら、仮想自我の消滅をもって言うのだろうか。だとしたら、わたしはもう――。

 ――なにも、かんがえられないや。

 けど、さっきより、怖くなくなっていた。

 五感の代わりだった、鈍った触覚センサーが告げる。わたしの身体に触れる、ひとのぬくもりを。

 聴覚はもう機能してない。カメラももう動かない。自己修復が働かない限り、動くことはない。

 そして、きっと次に目覚めた時は、もう内部のハードディスクのクリーンアップ後。人格データのある程度の修復が行われて、記憶領域もリセットされる。

 わたしは、わたしじゃなくなる。

 それでも。

 最期は、人といれて幸せだったよ。

 きっともう参照されることのない最後の記憶領域に、わたしはメッセージを記す。


《次のあなたは、きっと幸せでありますように》


 ハードディスクの駆動音。内部の音だけを最後に聞いて。


 わたしは、シャットダウンした。

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