第4話 カウンセリング室ー2
昼休みのチャイムが鳴って、手にしていたシャーペンを机の上に置き背もたれに体を預けた。テスト範囲の問題集を解いていたのだが、学校を休みすぎたせいで全く分からない有様だ。教科書をもっとしっかり読んでみた方がいいな。それでも分からなかったところは先生に聞きに行こう。別に俺のクラスの授業を担当していない先生でもいいだろうか。放課後聞きに行こう。軽く伸びをして立ち上がり、部屋の窓を開けた。外の空気は蒸し暑く、風が吹き込むと部屋の空気が一気に熱せられた。少しの間、空気を入れ替えてからまた窓を閉めた。この部屋は日当たりがあまりよくないため廊下よりも幾分涼しく、小型の扇風機も持っていたから快適に午前中を過ごすことが出来た。それでも湿気が多いのは変わらず、ノートを捲るたびに腕に張り付いてきたのは腹立たしかった。それよりもお弁当を食べよう。あ、その前に飲み物でも買ってこようかな。そう思い立ち鞄から財布を取り出していると、部屋の扉が控えめにノックされた。
「えーっと、どうぞ?」
こんなところにいったい誰が何の用で訪れたのだろうか。困惑しながら俺が返事をすると、扉が開かれ八雲さんが入ってきた。手にはランチトートが握られていた。
「やっほー、一緒にお昼食べてもいい? 教室にいると落ち着かなくてさ」
「いいけど、ここ廊下ほどじゃないけど暑いよ? エアコンのある教室の方がいいんじゃないかな?」
「んー、そうしたいんだけど皆に話しかけられてお弁当食べにくいんだよね。ここなら日月くんしかいないし、連絡先も交換したかったからさ」
スカートからスマホを取り出し、明るく話す八雲さん。転校してきたばかりで、みんな新しいクラスメイトのことを知りたいのだろう。それにしても八雲さん、多分、というか結構ノリが軽い。思春期真っ盛りの男女が二人きりで同じ部屋に居てもいいのか。もしかして距離感バグってるタイプの女子かな。中学にそんな感じの友達がいて俺は慣れてるからいいけど、他の女子が見たら八雲さんがなんて言われるか。こちらの様子を気にすることもなく、正面に彼女は自身のスマホをかざしてきた。
「 これ、メールアプリのID。追加してもらってもいい?」
「あ、うん。ちょっと待ってね」
俺は手にしていた財布をテーブルの上に置き、鞄からスマホを取り出した。八雲さんと同じメールアプリを起動し、ID検索で八雲さんの連絡先を追加した。それが終わって再びスマホを鞄に戻し、俺は財布を持って部屋を出ようとした。扉の取っ手に手をかけた時、八雲さんに呼び止められる。
「日月くん、購買行くの?」
「いや、自販機だど......」
「私もついて行っていい? まだ場所分かってなくて」
「......いいよ」
彼女のお願いは断りにくい。ほぼ初対面も同然な相手に断ることなんてできないけれど。昼休みが始まって少し時間もたってるし、今ならだれもいないだろう。早めに行ってすぐに戻ろう。カウンセリング室を出ると、自動販売機に向かって並んで歩く。渡り廊下の端に埃がたまっているのを見ながら歩いていると、八雲さんが話を振ってくれた。
「日月くんは飲み物何買うの? お茶系?」
「うん、緑茶買おうと思ってる。俺、紅茶とかジュースが苦手なんだ」
「へー、私も紅茶は苦手なんだよね。緑茶とかのお茶系とは違った渋みがあるっていうか......」
「分かる。飲み慣れれば気にならないんだろうけど、たまに飲むと気持ち悪くなることがあって飲もうって思わないんだ」
「あ、それ分かる。私もミルクティーとか飲むとなんか気持ち悪くなるんだよね」
「八雲さんもそうなんだ」
話しながら自動販売機にたどり着くと、辺りには誰もいなかった。それでもどこかから話し声は聞こえるので、近くでお昼を食べている人がいるのだろう。早く買って戻らないと。緑茶のある自動販売機に硬貨を入れて、ボタンを押す。出てきたお茶を持って、来た道をまた引き返した。八雲さんととりとめのない話をしながらカウンセリング室に戻り、二人でお弁当を食べながら好きな食べ物や好きな本の話で盛り上がった。意外と趣味が合うみたいで、好きな作家さんが同じだとかこの作家さんのこの話が好きだとか、話題は尽きなかった。八雲さんとは初めて話したにも関わらず、すごく話がしやすくて会話が途切れることはなかった。
予鈴が鳴ると、5時間目が移動教室だからか彼女は急いで教室に戻っていった。久々に同級生と話したから、少し気分が良くなった俺は鼻歌交じりに課題をやり始めた。そうだ、全然わからないところは教科書を読み込もうって思ってたんだ。課題を無理に進めないで、先に教科書を読もう。静かになったカウンセリング室で紙を捲る音だけが聞こえて、また少し心細くなった。
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