第6話 苦痛ー1

 いやいやながら、谷口先生に無理やり連れてこられたテスト明けの月曜日。俺を見下すように照り付ける太陽が憎らしかった。最近、俺が学校に行くようになったことをばあちゃんたちが喜ぶもんだから、学校を辞めたいと言うに言えなくなってきていた。こんな調子じゃ、母さんにも話すのは難しいかもしれない。いまだに言う勇気の出ない自分に嫌気がさしてきた。お見舞いに行って何かを勘づかれるのが嫌で、病院に顔を見せに行くことを躊躇った。


 だが、問題はそれだけではなかった。毎日、俺の家に迎えに来るようになった谷口先生。それに加え、八雲さんが俺に話しかけるようになったのだ。嫌だ、というよりも不思議に思ってしまう。同性同士ならまだしも、異性の、しかもクラスの外れものの俺なんかに気を遣って何になるんだ。現に今だって、授業でグループワークをするための三人一組の班決めをしなければならないというのに、彼女は俺なんかを誘っているせいで他の人と組めなくなっている。


「八雲さん、俺なんかと組まないで他の人と組なよ。どうせ俺、すぐ学校を辞めるつもりでいるし、他の人と仲良くした方が今後の為にいいんじゃないかな」

「私が組みたい人と組もうっていうだけの何が悪いっていうの? 一人でいても平気な人ってかなり少ないはずだよ。日月たちもりくんは平気な人じゃないでしょ。それとも、私と組むのが嫌なの?」

「そういうわけじゃないよ。俺のせいで八雲さんがクラスに馴染めなくなるのが嫌なんだ......」

「別に私がクラスに馴染めなかろうが、日月くんのせいにはしないから安心して。それよりも、日月くん消極的過ぎるよ。もう少し自分っていう存在に自信を持ってもいいと思う」


 俺の心配など必要ないという様子の八雲さんに、俺はどうすることもできなくなった。別に悪い子じゃないのは俺を気にかけてくれるところを見ればわかることだ。それに、声をかけてもらえるのは素直にうれしい。八雲さんの言っていることは何も間違ってはいない。俺が学校を辞めたいと思ってしまうのも、きっと一人が嫌なだけだ。現実から目を背けて、必死になって自分を守ろうとしているだけだ。孤独に、耐えられなくなっただけだ。別に八雲さんが俺を誘うこと自体は何も悪いことじゃない。だけど、周りはそれを良しとしないんだ。俺と八雲さんとで話していると、クラスの女子が近付いてきた。


朝葵あさぎちゃん、日月くんと組むの?」

「そのつもりだけど」

「まだメンバー決まってないみたいだったらさ、私たちのグループに入らない? あと一人なんだよね。日月くんも、女子と組むより男子と組んだ方がいいでしょ。それに、また変に噂されても知らないよ?」


 感じの悪い笑みを浮かべるクラスメイトの紫崎蘭。俺の耳元で悪意をこめて言い放たれたその言葉に文句を言う資格も無ければ、無視をする資格も俺にはなかった。紫崎さんはクラスの中心にいる人だ。下手に反論すれば、周りの人たちに何を言われるか分かったもんじゃない。


「......八雲さん、俺のことは気にしなくていいから紫崎さんと組なよ。俺は適当に足りないところに入れてもらうからさ」

「だってさ朝葵ちゃん。行こ?」

「悪いけど私、もう日月くんと組むって決めてるからさ。足りないなら他当たってくれないかな? それに日月くんが誰と組もうがあなたには関係ないでしょ?」


 けんか腰になって物を言う八雲さんに教室内の空気が凍ったような気がした。言っていることはさっきから間違っていないのだけれど、もう少し空気というか相手の顔色を窺った方がいい。芯があって自分の意見を持っていることは何も悪いことではないが、あまりに度が過ぎると相手を怒らせる可能性があるからだ。まあ、俺にはそんなことを伝える勇気なんて持ってないんだけどね。


「は? 人がせっかく親切に誘ってあげたのに何その言い方! 朝葵ちゃんは転校してきたばかりで知らないだろうから教えてあげるけど、日月くんと関わるのはやめた方がいいよ。日月くんのお父さん人を殺したんだから!」


 声を荒げて言い放たれた言葉に、俺の体が強張るのが分かった。周りの目が怖くなり、俺は咄嗟に顔を下に向け小さく息を呑む。何で俺ばかりがこんなに言われなきゃいけないんだ。いや、言われているのは俺だけではないか。俺たち家族全員が、周りから冷たい目で見られて後ろ指をさされるんだ。そうだ、俺だけが不幸なわけじゃない。倒れて入院している母さんも、人をひき殺してしまった父さんも辛い思いをしていたはずだ。だから、俺が孤独になるのは至って当然のことなんだ。そう思いながら八雲さんの次の言葉を待っていると、彼女は大きくため息をついた。


「......私は日月くんの父親がどんな人だったかを知らないし、日月くんのこともよく知らないから。紫崎さんは日月くんのことが嫌いなのかもしれないけど、少なくともここ数日に私が見た日月くんはあなたのような汚いことをする人ではないよ」

「なっ、誰が汚いことをしてるって⁉ もういい、人がせっかく親切で教えてあげたのに!」


 そう吐き捨てて紫崎さんが俺たちから離れていく様子を俺は黙って見ていた。そーっと隣に立つ八雲さんに視線を向けると、転校初日のように眉間に皺を寄せて誰も寄せ付けないような、孤高のオーラを放っているように感じた。機嫌を損ねてしまったのだろうか。俺なんかのせいで、彼女がクラスから浮いてしまったらどうしようと不安がよぎる。八雲さんの性格をまだよく知らないから分からないけど、平気だと笑うだろうか。俺なんかを守ったばかりに(守ったつもりはないだろうが)、彼女が悲しい思いをするのは嫌だな。やっぱり、少し距離を置いてしまった方がいいのかもしれない。それが彼女のためであって俺のためでもあるんだから。

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