第169話 1日目の終わり
「なぜ、抑えられる」
「練度と士気が高いとしか」
フォートラント国王ウォルトの横で、宰相令息ガートラインが素直な感想を述べる。護衛の騎士団長令息クエスリングなどは声も出ない。
国境線から2キロほど後方の高台に構築された陣地から見える光景は、鬼人の舞いとしか言えないものだった。たった19騎の、いや今ではすでに15騎まで減ってはいるものの、まるで抜ける気がしない。焦って投入したとはいえ、第5世代相当の第8連隊をこうまであしらうとは。近衛を含め全員の目が、フォルテとアーテンヴァーニュの戦いに注がれていた。
たった2個中隊を、一部とは言え第8連隊は抜くことが出来ないでいた。そんな間にも、第9連隊は振り下ろされた金槌で叩きのめされていく。状況を変化させる必要があった。
フォートラント参謀部も同じ判断を下したのだろう。第8連隊からさらに増援が出され、前進を始めた。
「敵襲ぅ!!」
「なにっ!」
「何処からだ!?」
敵襲の声に、陣地が困惑をきたす。フィヨルトが投入できる戦力は、もうここには居ないはずだ。
「濃灰色に白帯! 第1騎士団です!」
「馬鹿なっ、アレは北方に行ったはずだ。欺瞞行動? ならば何故第5連隊が来ない」
ガートラインの解釈はフォートラント全体の想いであった。
「規模は?」
「2個中隊程です」
ウォルトは少しだけ落ち着いた。つまり奴らは第1騎士団を『分割』しておいたのだ。そして、ここでそれを投じた。理にはかなう。となれば味方第5連隊もまもなく現れよう。そうすれば、切り札を含めて此方の勝ちは確定する。
「ネタのバレた奇襲など。参謀部へ通達だ。分かってはいるだろうが、全軍を引かせろ。相手第1騎士団は素通りさせろ」
「了解いたしました!」
近くの伝令兵が、参謀部へと走り出した。
「私たちも参謀部へ行くべきだな。今後の話し合いが必要だ」
「はっ」
彼らは知らない。クーントルトたち第1騎士団がわざと現れた意味を。北方戦線を薄くし、それでも乾坤一擲の中央攻めを行ったと印象付けたその意味を。フォートラント第5連隊はすでに作戦行動を行える状況にない。伝令すらおぼつかない。それをおかしいとフォートラントが気付く前に、出来る限りの優位を作り上げておく。それがケットリンテの狙いであった。
◇◇◇
そうして夕刻、その日の戦闘は終わった。夕焼けの中、両軍は国境を挟み、5キロくらいの距離を置いて対峙していた。すでに両軍は撤収を終えている。
フィヨルト側の損耗は38騎。その多くは敵を推し留めた第11から13騎士団だ。第8騎士団も4騎を失った。それに対し、フォートラントの損害は120騎を越える。これで理解したはずだ。第4世代では勝てないことを。少なくとも第5連隊か第10連隊が到着するまでは、第9連隊は補助的に運用するしかないだろう。
「ほんとだったら、敗けを認めるくらいの被害なんだろうけど、ご親征だもんね」
「まあ負けを認めるはずがありませんわね」
フミネとフォルテがため息を吐いた。
そして陣地には第4騎士団も戻って来ていた。
「良くやってくれましたわ、リリースラーン」
「いえ、多くを喪いました」
「それは事実ですわ。ですが作戦を成功させ、そして戻って来てくれた。それは立派なことですわ」
「ありがとうございます」
リリースラーンの肩に手を置き、フォルテが彼女を慰める。
「明日から戦線に戻ってもらいますわ。今日は休んでくださいませ」
「はっ」
フォルテの後ろに立っていたケットリンテは、終始申し訳なさそうな表情で無言だった。かける言葉など思いつかない。戦術などは湯水のように湧いてくるのに、こんな時に必要な事が出来ないでいる自分が悔しい。
「ケッテも気に病まないで」
「でも」
「ケッテはやることをやっているだけ。それも最善を尽くしている。それは皆が分かっているから」
「うん」
フミネがケットリンテを慰める。
「それより明日以降だよ。それとも夜襲?」
務めて明るくフミネが言った。
「流石に相手も警戒してるだろうから」
「でも明日にはバレるんだよね。北の事」
「うん。だから明日は早朝から仕掛ける」
「分かった。今日は早く寝たほうがいいよ」
ケットリンテは眠れるのだろうか? 心配しながらもフミネは空を見つめた。フミネの嫌がらせが始まるからだ。
◇◇◇
「第5連隊を待つ他ないな。それまでは遅滞だ」
国王ウォルトの言葉に参謀部所属の誰もが同意した。
「明日には到着するでしょう。そこから立て直しですね」
太鼓持ちのような状態になっているガートラインも、希望を持たせるような発言をした。まあこの段階では事実だ。
「しかし、ここまで騎体差が出るとはな。クエスリング、調練はどうだ?」
「はっ、万全を期しております」
「期待しているぞ」
ウォルトが本当に言葉をかけたいアリシアは、ここにはいない。徹底的に一人の騎士としての立場を貫いてくれているのだ。それがウォルトにとっては、嬉しくもあり、なんとももどかしくもあった。
「夜襲があるかもしれません。警戒を厳として、配置を行います」
参謀部の一人が言った。
「うむ、そうしてくれ」
だがその日の夜、フォートラントの軍勢は中々眠る事が出来なかった。なにせ。
ごおおぉぉぉぉ。
フィヨルトはありったけの飛空艇を持ち出し、ワザとスラスター音を拡張させるラッパ状の金具まで着けて、敵陣の上を夜通し飛び回ったのだ。しかもサーチライトで地面を照らしまくりであった。さらにはフィヨルトが誇る楽団小隊が、子守歌には程遠い勢いのある楽曲を演奏し続ける。
「やっぱり眠気覚ましには、コーヒーと勢いのあるアニソンだよね」
こういう厭らしいことを考えたのは、もちろんフミネであった。わざわざお勧めのメドレーまで楽団に仕込んでおいたのだ。恐るべしである。
騒音と光と、素敵な楽曲を食らったフォートラントの気分はどのようなものか。
「これで文化に目覚めて、改心してくれたらいいのに」
フミネにかかればフィヨルトの敵など、蛮族同然の扱いであった。
◇◇◇
翌早朝、まだ日も昇り切っていない時間帯に、フィヨルトは動き出す。ちなみに飛空艇による嫌がらせはまだ続いていた。対空装備の無い世界のなんと世知辛いことか。
実は夜のうちに飛空艇の音に紛れ、索敵範囲ギリギリの所に各騎士団が配置されていたのだ。
「昨日の戦いで、相手の準第5世代がどれくらいかは分かった。性能は2割減。練度はまだまだ。一対一の状況を作れば勝てる」
後方の指揮所でケットリンテが呟いた。
飛空艇の嫌がらせがてらに偵察したお陰で、敵部隊の配置は完全に割れている。各騎士団が狙うべき対象は伝達が終了していた。
時間がやってきた。空を舞う飛空艇がサーチライトで目標を照らした。朝もやの中、それは光の柱の様に見える。各騎士団が目標部隊をロックオンした。
戦争二日目の開始である。
「皆、頑張って、無事で」
ケットリンテは両腕を胸に組み、願った。
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