第166話 フォルフィズフィーナの宣戦布告
その日は快晴であった。晩夏の燦々とした陽の光の下、両軍が前進を開始し、そして新国境を境目にして停止した。
まずはフォートラント側の隊列が割れ、そこから純白の甲殻騎、フォートラント=ヴァイが近衛騎士を引き連れ前に出る。さらに直後、フィヨルトからはたった1騎、当然のオゥラ=メトシェイラが進み出た。護衛? なんだそれは。
「これはこれは、居心地の良い中央から、態々このような僻地までようこそおいで下さいましたわ」
先に口を出したのはフォルテだった。
「久しいな、フォルフィズフィーナ。私の婚姻以来か」
「そうですわね」
ウォルトとて経験を積んだのだ。フォルテの嫌味如きで怯みはしなかった。むしろ婚姻という単語でやり返す。
「さて、本日はどのようなご用件でこちらまで? まさかとは思いますが停戦明け早々に戦争ですの? それとも停戦期間の延長でしょうか」
「さあ、どちらだろうな。終戦を提案するかもしれないぞ」
「なんと、素晴らしいことですわ。ですが、そうなりますの?」
ガランガランと鐘が鳴った。クローディアに備えられた大鐘楼が昼を告げたのだ。
「さて、只今を以て停戦期間は終了いたしましたわ。フォートラントのお考えを、お聞かせいただけますでしょうか」
「そうだな。先の利敵行為、さらにはフォートラントへの造反、並びにヴァークロートやヴラトリアへの働きかけ、加えてサウスダートへの侵攻。全て連邦の秩序を乱しているとしか言い様がない。よって、連邦主宰国家としてここに」
どおぉん!!
突然の轟音に、ウォルトの言葉が止まった。オゥラ=メトシェイラが震脚をぶちかましたのだ。
◇◇◇
「全くもって、言い掛かりも甚だしいですわね。先の大敗を受けて、何も学ばないどころか自覚もしていない様子。呆れを通り越しますわ」
フォルテが堰を切ったように言葉を吐き出した。ウォルトは言い返そうとするが、フォルテの凛とした声色と、ソゥドを込めた声量に圧倒され、言葉を返すことが出来ないでいる。
「それにしても此度の進軍で、中央が、フォートラントがどれだけ周辺国を見下しているのかが、良く分かりましたわ。連邦の秩序? 乱しているのはどちらでしょう。ただ国力が強いという理由だけで帝政化を目指し、各国を脅かしているのはフォートラントではありませんの?」
「連邦の安寧を願っての事だ!」
ここでやっと、ウォルトが口を挟んだ。だがフォルテを止めるには、いささか足りない。
「安寧? その土地土地の文化や風習を鑑みることもなく、フィヨルトをただ西の果てにあるからという理由だけで蛮族と見下す。ヴラトリアを金満の日和見と決めつけ、サウスダートを商売国家と揶揄する。その癖、ヴァークロートも、砂漠もただ無為に戦線と経費を浪費するのみ。それらを吞み込むこともせずに安寧と言われますの?」
ヴラトリアやサウスダートの観戦武官たちは、心の中でフォルテ喝采を送っていた。もっと言ってやれ!
「もっと素直におっしゃりなさいな。大陸外貿易の権益に浴するヴラトリアが欲しい。塩や海産物の供給を安定させたいから、サウスダートを始めとする南部諸国が欲しい。そして、農産物と甲殻素材が必要だからフィヨルトが欲しい。まるで駄々っ子ですわね!」
「それは違う。私の目指す帝国はそんな軽いモノでは無い! それが正しい帰結なのだ。平民を含む皆が安寧を得る、正しい姿なのだ。なぜそれが分からん」
「では、目の前にいるこの軍勢は何ですの? 戦士を殺して得た領地が、恭順するとでも? その傲慢が今の連邦の姿だとでも!? ふざけていますわ!!」
フォルテの舌は止まらない。完全に連邦と言うか、中央批判に走っている。これはもう、最後通牒である。
「フォルフィズフィーナ、その傲慢さは変わらないようだな。仕方あるまい、正義の道に則り貴様たちを」
どごぉぉん!
もうひとたび震脚が打ち鳴らされた。
「先ほど呆れを通り越すと言いましたが、それは間違いでしたわ。そんなものではちいとも足りませんでしたわ。今この場にいる将兵全員に問いますわ!」
オゥラ=メトシェイラが両手を広げ、周囲を見渡した。
「どうやらフォートラントは正義を騙るらしいですわ。ならばそれを阻むわたくしたちは、何者でしょう!?」
そうして腕を組む。それは確かに高慢な姿であった。だが、そこに意思があった。
「悪ではありませんわ。もちろんもうひとつの正義でもありませんわ! フィヨルトの戦士たちよ、声を上げなさいませ!」
うおおおおおお!
「わたくしたちは正義でも悪でもありませんわ! ただ、祖国を守りたいだけの、悪役ですわ! そう、最高に格好の良い悪役ですわ!」
「戯言をぉ!」
ウォルトが叫ぶが、フォルテは完全無視である。
「そのような正義の軍勢に対し、わたくし、フォルフィズフィーナ=フィンランティア・フィンラント・フォート・フィヨルトが、御国フォートラントが王、ウォルトワズウィード・ヴルト・フォートラントに宣戦を布告致しますわ!!」
ついにフォルテが、フォルフィズフィーナが言い放った。
それは宣戦布告であった。
「御託は良いからかかって来なさいませ! フィヨルトは一歩も退くつもりはありませんわっ! もしも西方辺境を手に入れたいのならば、わたくしたちの屍を越えて行きなさいませ! 最後にもう一度だけ言っておきますわ。フィヨルトを舐めてかかると痛い目にあいますわよ!!」
そう言い放ったフォルテは颯爽と踵を返し、自軍陣地へと戻っていった。後に残されたのは、結局言いたいことをまともに言えなかったウォルトとその近衛たちであった。
◇◇◇
「言ってやったね。格好良かったよ!」
「スカっとしましたわ」
意気揚々とフミネとフォルテが自軍に進んでいた。周りからは称賛と高揚した戦場の掛け声が飛んできていた。さあ、戦争だ。フィヨルトを甘く見るなよ。
「総員戦闘準備は出来ていますわね。ケットリンテ! 戦いの狼煙を上げてくださいまし!」
前線指揮所に戻って来たフォルテのテンションは高かった。一応最高指揮官はライドなのだが、高揚してしまっているフォルテは、ケットリンテを名指しして、戦闘開始を指示してしまった。これにはライドも苦笑いだ。
「ケットリンテ嬢。大公閣下がご所望だ。戦火をあげよう」
「賜りました……。全参謀、全情報、全軍。状況は想定1の4。作戦要綱確定。通達開始! 起点時刻は12時を以て、順次戦闘を開始せよ」
「了解!」
まずは地上から通達が上空の気球に伝えられ、それが投光器で戦場全体に伝播されていく。たった10分で中央はおろか、北方、南方の騎士団たちへと情報が伝達された。本来ならば1日がかりの伝達がたったの10分だ。
ケットリンテの注目した、甲殻騎のゴリ押し以外の戦闘。本来、数で勝っているはずのフォートラントに欠けているもの。いや、フィヨルトに対し遥かに劣っているもの。情報伝達速度。そして彼らも持っているはずなのに気づいていない要素、すなわち機動力。今ケットリンテはそれを最大に活用し、戦争する。
ここに第2次フォートラント連邦騒乱が始まった。
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