第68話 会議の続きと、大公閣下の器




「さてわたしは未来の可能性についてお話をしました。後は皆さんで、政治とお金のお話をお願いいたします。最後に皆さん、調子に乗って進めてしまって、申し訳ありませんでした。反省しています。ほらフォルテも」


「わたくしも反省しておりますわ。今後は事前の承認と、経過報告を怠らないことをお約束いたしますわ」


 フミネとフォルテが揃って頭を下げた。


「後で個別でも質疑応答いたします。ご清聴ありがとうございました」


 論文発表を終えたが如く、フミネは着席した。



「閣下、どう思われますか」


 弛緩とも虚脱とも取れる空気が流れていた。断ち切るように国務卿が大公に指示を仰いだ。


「認めるよ。さて国務卿、今後の差配は」


 あっさりと大公は認可を出した。舞台は政治へと移る。


「まだ甲殻騎で扱えるかどうかは不明ですからな。そちらは今の面々で引き続きお願いできますかな」


「分かりましたわ」


「ああ、それだけど、わたしも噛ませてくれないかな」


 第1騎士団長クーントルトが割り込んできた。


「それならば是非私も」


 追従して第2騎士団長サイトウェルも参加を望んできた。制裁された過去を持つ彼だけに、周りからは微妙な視線が送られた。


「両者の参加を認める」


 大公が言い放った。それはつまり確執を越えて、サイトウェルがフィヨルトに仇為す者ではないと認めたと同義であった。


「有難うございます。誠心を持って任務を遂行いたします」


「よい。それと工廠長、君の所からも人は出せるかな?」


「あたしと、それから2人くらい見繕って行くよ」


 工廠長パッカーニャは即座に返答する。


「こんな面白そうな話なかなかないからねぇ。ファイトン、あんたは甲殻腱に集中しな」


「は、はいぃ!」


 果たして優しさなのか厳しさなのか良く分からないが、ファイトンの道が開けた瞬間だった。



「さてそのファイトンだが、今から君は士爵だ」


「はいぃ!?」


「平民に任せる訳にはいかない案件だよ。すまないな」


 大公が申し訳なさそうに言う。そういうあたりがフィヨルト風である。


「ファイトン・エディター、君は大公国士爵として認められた。これを」


 国務卿から差し出された巻物はご丁寧に羊皮紙だ。大公国の士爵であることを証明する文書が、すでに用意されていたわけだ。そこに記載されていた名に彼は驚く。


「ファイトン・コード・エディター。コードとはニホン語で繋ぐものを意味するそうだ。甲殻騎だけではない、我々をも繋いでくれることを期待しているよ」


「つ、謹んでお受けいたします」


 大公直々に言われ、それ以外に何と返事をすれば良いのか。そして日本語とは。


 この後、男爵か子爵家に婿入りさせるつもりなのは、流石に大公も黙っていた。ファイトンくんの明日はどっちだ。



 ◇◇◇



「さて次は収支の話だな。私と工廠、そしてフミネ様ということでよろしいか」


 国務卿が工廠長とフミネを指名した。


「わたしゃ、あんまし力にゃなれないよ」


「フミネ様は」


「まあ、一応ネタはあります」


「ではフミネ様がまずご提案を」


 仕方ないとフミネが再び立ち上がる。


「まずは大量に核石を確保したいと考えています。その上でドライヤーの大量生産」


「中央ですかな?」


「ええ、中央に売りつけましょう。ただし廉価版をです。最新の甲殻腱を出すわけにはいきません。後はファイトンくん、無の核石を使わないで、一人で使える型のがあったでしょう。あれを出しましょう」


「模倣されませんか?」


 フミネの提案に、ファイトンが疑問を呈する。


「しかたないよ。最初に売り切れば、模倣されるにしても原材料はこっち側だし」



「ドライヤーの値付けはどうするのでしょうかな」


「ツテがあるので、彼女に任せます。上手く差配してくれるでしょう」


 国務卿の質問にフミネは軽快に応える。


「ええ。シャラクトーンはライドの婚約者です。彼女なら間違いありません」


「確かに、彼女なら適任ですわ。わたくしは彼女を女傑と見ていますわ」


 フォルテも太鼓判を押す。


「それほどなのですか」


「わたくしも保証するわ。彼女なら多分、学院と高級層の女性に、せいぜい高く売りつけるでしょうね。彼女の取り分交渉が大変そう」


 メリアも付け加える。この3名にそこまで言わせるとは。国務卿は戦慄した。


「ええ、シャーラさえいればライドが次期大公になる可能性は、まだまだありますよ」


 フミネの笑顔に、フォルテも笑ってしまう。



 ◇◇◇



「ではしばらくは、白狼の甲殻素材と、核石、さらにドライヤーを中心にして金としたいと思う。中央での差配は、シャラクトーン嬢に任せるということでよろしいですな」


「わたくしからも一筆入れておきましょう。ライドにも資金は必要でしょうし」


「資金が?」


 国務卿がメリアになんとも言えない視線を送る。


「王太子殿下の傍にいるということは、そういうことでしょう」


 しれっと恐ろしいことを言うお妃様は泰然としていた。


「折れ曲がった出来事を無かったことにせず、新しい状況を作るための踏み台にするということだね」


 大公がまとめに入った。


「ここでもう一度言っておこう。次期大公は現段階ではフォルテが有力であるも、未定だ」


 場が張り詰める。


「平時であるならば、ライドを大公としフォルテを元帥に、戦時であればフォルテを大公に、そしてライドを宰相とする、そんな考えもあるからね」


 治世において、特に専制国家にとっての最善は、最悪を避ける民主主義ではない。最良のトップを戴くのもまた一つの冷徹な判断でもあるのだ。


「ライドとシャラクトーン嬢は今、中央で立場を築き上げようとしている。フォルテの武威だけを見て、それから目を逸らしてはいけないよ」


 いかんせん甲殻獣との闘争が重要な辺境大公国であるが故に、どうしても武を重んずる気風があるのがフィヨルトの現状である。しかし、連邦の一員として中央との付き合いも、同時に重要なのだ。それを忘れてはいけないと、大公は全員に釘を刺した。



「さて、大方針は決まった。後は各自の働きに期待しよう。密な報告を期待しているよ」


 大公は、フォルテとフミネにも分かるように、会議を閉じた。


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