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ぬるくなったお茶を口に含んで少し落ち着く。ハクトは能力は少し減退するらしいけどカーバンクルとしてあるいは角なしの魔力特化のツノウサギのままということらしい。

『他に気になるところはあるか?』

「え…っと魔力がなくなれば魔王を産まないってなりますかね…」

『ああ…そうだな、それは……うん、見てみるか』

「は?」

神様が無造作に腕を一振りするとテーブル上の空間に半透明の景色が顕れた。呆気に取られてみているうちにそこがあの虎獣人の里の景色だと気づく。


『魔王を産むかもというのは間違いではなかったが、解釈が違ったな』

「解釈」

『つまり、トワ。お前の魔力が魔王を産むのではなくお前をめぐる争いの中で魔王が産まれる可能性があった』

「それは、妖精だから…?」

『ただの妖精なら魔王は産まれないし、争いがなければお前がいても魔王など産まれなかった。だが…』

一口お茶を飲んで神様が指を振ると浮かんだ映像が切り替わりゆっくりズームアップする。里長とクラーロさんが会話しているところだ。


苦しそうな悲しげな表情でため息をつくクラーロさん。里長も苦悩のにじむ顔だ。

〔すまなかった。孫があのようなことを仕出かし逃げるなどと…、あれほど愚かだとは〕

〔いいえ。長の孫とは溝が深いとわかっていて対策を怠ったのは私の息子ですわ…〕

〔じゃが、まさか番を引き離すなどと〕

〔ええ、あれは全く考えもしませんでしたわ。今はまだ夫が抑えていますが…保ってあと一日程かと〕

〔明日、シュロが魔王化するか…〕


「そんなッ!?どうしてシュロが!」

『シュロはお前が世界から消えた瞬間咆哮を上げ魔力暴走したんだ』

「…ッ」


〔グルオオオオ……!〕


獣の咆哮が聞こえる。何故か悲しげにも響くその声。異世界の声なのに、胸にせり上がる気持ちが届く。トワのいない世界なんていらない、と。


衝撃で息が詰まる。

『魂の番は繋がりが深い。それを女神が無理矢理に引き剥がしたんだ。反動が大きいのも当然。さあ、ゆっくり息を吐いて。まだ大丈夫、明日まで時間はある』

立ち上がった神様に背中を擦られてやっと震える息を吐き出した。

『それにお前は決めただろう。彼の元へ還ると』

「…………はい!」


昇には後で神様が伝えてくれるらしい。サポート完璧。流石神様。

『ここにはもう一人のワタシを置いていくゆえ、昇は大丈夫だ。行こうか』

「はい!って、今ここから魔法陣を?」

『ああ、否。同じ場所から飛ぶ方がいいだろうから移動してからだ』

「同じ場所って…学校の屋上…?」

『正解。手を』

差し出された手を握ると瞬きの間に周りが変わっていた。いや、移動したのか!一瞬で俺たちは校舎の屋上に移動していた。けどそこには一人男性が立っていて目を限界まで開いて驚いている。

生徒は長期休み初日でほとんどいないけれど部活で登校するものも中にはいる。その監督のために詰めている教員もいるのだ。

「先生…」

でもまさかここでかち合うとは思っていなかった。


「十和田くん…あ、いや君はともかくそちらは…?」

うっすらした影である神様は先生にも見えてるのか、戸惑いながらも関係者でない人物を警戒するように見据える。

「あ、えーこっちの人、ひと?は」

説明に窮した俺は横目で神様をうかがう。神様は影なせいか顔立ちがはっきり見えないんだけど今は目を細めて見ている、気がする。

『へぇ、これは…なるほど。彼、こちら世界のシュロに近い存在だね』

「ええっシュ、シュロに近いんですか!?」

『そう。あくまで近いだけでシュロじゃない。ゆえに淡い初恋ではあったがな』

「何を言ってる?誰か知らないがうちの生徒から離れてもらえないかな」

告白して失恋して微妙な雰囲気で別れたのに当然の顔で守ろうとしてくれる先生に温かいものを感じる。けど、シュロに対する気持ちとは全然違うのがわかる。

「ああえっと先生!この、ひとは、えー、し、知り合いでですね」

「知り合い?本当に?」

『そうだ。これからトワの運命に会うためここで魔法陣を展開する』

「は?」

『ここの責任者のようだが、しばし場所を借りるゆえ見守って欲しい』

「見守…って、いや、魔法?」

『お前にも少しだけ淡い気持ちがあったろう。門出を見送ってやるといい』

「ちょ」

「え」

爆弾発言してすぐに腕を振り神様は魔法陣を空に広げた。いや、まあ今更だしいいんだけどさあ!先生もちょっと気まずそうだし。

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