63

目の前が真っ暗になりそう。だけど抱き締めてくれる熱い腕が、耳元で鼓動を刻む音が、俺を見つめる青の深い瞳が、シュロの愛が俺を確立させる。ここにいる。俺はちゃんとシュロの中に居る。だから、こそ。

「シュロ」

「…ダメだ、トワ、…ッ」

ちょっとだけ、腕の中で背伸びして口付ける。想いを込めて。

「愛してる…」

「トワ…!」

たくさんもらったから。この身に満ちてるたくさんの想いを返したくて、でも言葉にしようとするととても足りなくて。たくさんたくさん、身体に収まりきらない想いが溢れ出す。この心に名前をつけたら…愛って言うんだね、きっと。


「俺、王宮に行きます」

「よろしい。あちらに馬車がある。来なさい」

シュロの世界を壊させない。そのためなら俺は行くよ。でも、それでもさよならは口にしたくなくて、そのままシュロに背を向けて歩いて離れた。

移動に際して荷造りの時間などはなかったから、持ってるのは花の街フルーレでシュロからもらって俺の願いで魔石に変わったいつも身に付けていたインタリオペンダント、シュトライフェンさんとクラーロさんからもらった今着てる服。それからハクトが離れる際どこからか出してくれた小人夫婦の店でもらったガラスのベルだけだった。

里を隠す森を抜けると箱型の馬車が待っていて御者台にいた人がドアを開けると、ベンチのように据え付けられた座席へと促される。ここまで自分から歩いてきたからか拘束されることはなく乱暴に押されることもない。けれど冷たい圧力の気配はひしひしと感じる。ためらう俺の心境など慮ることはなくただ淡々と作業しているようで。震えそうな足を叱咤し馬車に乗り込み座席に手をついた途端そこに閃光が走った。曲線をなぞって光を発し座面に描き出されたのは微かに見覚えのある魔法陣。

「おお、女神様のご来光がっ」

『転送陣を遣わす』

「はっありがたき幸せ!」

日本から異世界へ来たときのように俺は魔法陣の光に飲み込まれた。ただしあのときの二重の蒼いものではなく桃色の一重のものだけだった。





ざわつく気配に重い頭を上げる。

「十和田くん!?」

久しぶりに聞く日本語。だいぶ勉強の成果が出て最近はかなり現地語を聞き取っていたのに…。そこまで考えて意識がはっきりし始める。ここは、里じゃない。そばに、シュロはいない。

「いけません。巫女様、お離れください!」

ゆっくりまぶたを開くと異世界で初めていたところだ。王宮。そして今の声は。

「天城、くん?」

懐かしい、一緒に召喚された同学年の…巫女様となった天城玲くんだ。石の床に横たわった俺は起き上がろうとして腕に力が入らず、崩れるように伏せた。なんだかわからないけど飲み込まれる瞬間に聞こえた転送とかってので俺の体には負荷がかかったみたいだ。


「このモノが魔王を産むと?」

「そのようです」

視線だけ上げた先で王子と宰相が話をしている。その斜め後ろでもがくような仕草をしているのが多分玲くんだろう。なんか長くて白い貫頭衣のようなギリシャの神殿にいそうな格好だけど。どうやら他の人に止められて俺に近づけないらしい。

「アルデ…王子、その人は僕と同じ人間です!僕と一緒に召喚されたのにそんな危険な筈は…!」

「確かに老翁たちの魔道具の鑑定で魔法を使えないという結果でしたが」

「宰相様 、それなら」

「しかし女神様の神託でスキルを授けられた神官の鑑定によると相当強い魔力を持っているそうです」

「じゃあどうして、魔法は使えないって…」

それは俺が妖精だから、だと思う。けど正直に言うのは憚られる。俺が邪な人に狙われないようにとシュロが隠したほうがいいと教えてくれた。

「スキル鑑定によればその者が妖精だからですね」

「妖精…?」

「妖精はその身に魔力をたくわえますが自身の魔法というものを持たないそうですが…なるほど女神様が魔王を産むかもしれないと言うのも納得しました」

「そんな…十和田くん…」

見つめる玲くんの目が揺れるのを見て瞼を閉じた。もう、仕方ないか。


『…ではこのモノを送還する』


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