第144話 恋人は、浮気を疑う

「え……」


 一瞬、何を言われたのか理解できずに、レベッカは呆然とした。今日は、大学時代の友人たちとの懇親会。その席で、目の前に座る友人から告げられたのだ。


 『オズワルドが若い女性の人と週に3日、研究室に籠っている』と。



「一応聞くけど、あなたたち、別れてはいないのよね?」


 その言葉に、レベッカは頷いた。先日の一件以来、顔を会わし辛くなって、彼是半月近く会ってはいないが、まだ自然消滅とまでは……彼女の認識では行っていないはずだった。


「そ、それは……なにかの間違いじゃないかしら?」


 例えば、研究の助手を雇ったとか……。


 しかし、友人は首を左右に振った。彼女は大学の事務局で財務管理の仕事をしているが、そのための費用に関わる申請書は出ていないと。


 すると、今度は事務局の人事課で働いている別の友人が絡んできた。


「そういえば、此間、オズワルドから学生寮を1室用意してもらいたいと言われたわ。しかも、綺麗な女の人と一緒にやってきてね」


「綺麗な……女の人?」


「わたしだって、レベッカとのことは知ってるから、だから、訊いたのよ。何のために部屋が必要なのかってね。そしたら……」


「「「そしたら?」」」


「『何も聞かずに用意してもらえるかしら』ってイヤらしい仕草で言われたのよ!あの二人、きっとあの部屋で……」


「わぁー!!!!ストップ!!それ以上言ったらまずいって!!」


 見れば、レベッカの瞳から大粒の涙がこぼれそうになっている。友人たちは悪乗りしすぎたことを悟り、謝罪する。


「ごめんね、レベッカ。わたしたち、ちょっと調子に乗り過ぎて……」


「ううん、いいの。そうよね……わたしなんか……より、きっと……」


 言葉が嗚咽に代わり、そのまま泣き出すレベッカ。友人たちはどうしようと、しばらく立ち尽くすのだった。





(はずかしい……。穴があったら、入りたい……)


 次の日、二日酔いで頭が痛む中、レベッカは母校であるポトス魔術大学のキャンパスへと足を踏み入れた。目的は、事の真相を確かめるためだ。


(大丈夫よ。きっと何かの間違いだわ)


 そう思いながら、一先ず彼の研究室へと向かう。途中、学生寮があった。昨夜の話では、ここにオズワルドと女の人が同棲している部屋があるという。


(馬鹿らしいわ……)


 そう思いながら通り過ぎようとしたその時、寮の階段から降りてくる二人の姿が自然と目に入った。


「え……?」


 レベッカは声を詰まらせた。その二人は、オズワルドと若い女の人だったからだ。


「もう……昨日は遅くなったから、家に帰れなかったじゃないですか」


「ごめんごめん。そういうけど、君だって盛り上がって、楽しんでたじゃないか」


「いや、そうですけど……」


 二人は、レベッカが後ろにいることに気づかずに、そんな会話をしながら前を歩いていく。その様子から、どうやら二人は一晩を共にしたようだった。


「……オズワルド。これはどういう……」


「ん?」


 呼ばれたことに気がついて、オズワルドは振り返る。そこには、レベッカが立っていた。


「ああ、レベッカ。久しぶり……って、どうしたの!?いきなり泣き出して!!」


「だって……だって……」


 レベッカの頬を止め処なく涙が流れる。しかし、オズワルドはその周りでどうしようとオロオロするばかりで、ハンカチすら差し出さない。


「はぁ……。ダメですよ。オズワルドさん。女性が泣いているときは、サッとハンカチを差し出すくらいしないと」


 シーロは、呆れたように言いながら、代わりに自分が彼女にハンカチを差し出した。


「何があったのかわからないけど、これで涙を……ぶへっ!?」


「この泥棒猫が!!何を気取ってるのよ!!」


 レベッカのビンタがシーロの左頬を激しく打った。


「シーロ君!?」


 オズワルドは慌てて駆け寄って、彼を気遣った。そんな二人を今度は軽蔑するような目でレベッカは睨みつけた。


「お、おい、レベッカ。君は何を怒ってるんだ?」


「この浮気者!!もう知らない!!勝手にその女とくっつけばいいんだわ!!」


 何を言ってるんだと、ポカンとするオズワルド。レベッカはそんな彼を無視して、来た道を戻っていく。一方、意味が分からないオズワルドは、その後ろ姿を呆然と見送るが、目の前にいるシーロの『今の姿』に気づいて、彼女が何を怒ったのかを悟った。


「ま、待ってくれ!!誤解だ!!彼は男なんだ!!」


 必死に叫びながらレベッカの後を追うオズワルド。幸いなことに、レベッカの誤解はそれからすぐに解けたが、それを耳にした学生たちによって、『オズワルド男色説』が学内に広まるのは、この後、しばらく経ってからの事だった。

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