第85話 調査官は、見なかったことにしようとする
(ん?何か騒がしいなぁ……)
カジノが行われている部屋の方から歓声が聞こえ、クリスは眉を顰める。
「4月21日の……時に……ハル村を?」
(クソ!!肝心なところが聞こえなかった……)
天井裏に忍び込んで、クリスは耳を澄ましてVIPルームの会話を聞き取ろうとしていた。部屋には総督府の役人やそれなりに名が通った商人たちがいる。彼らの名前は既に把握済みのクリスであったが、捕まえるには確実な証拠をつかむ必要があるのだ。
「ええ。オランジバークからの仕入れができなくなった以上、多少強引かもしれませんが……」
「しかし、アルカ帝国が黙っていないのでは?」
「なに、袖の下をニギニギさせておきますので、見て見ないふりをしてもらえますよ」
(……アルカ帝国領から攫ってくるつもりか!?)
クリスの顔が曇る。攫っている現場を取り押さえて、一気に解決しようと思っていた目論見が崩れる。なぜなら、同国への入国は、一部の外交官や交易商人を除いては入国すら許されていないからだ。
(ならば……国境で待ち構えておけば……)
アルカ帝国からポトスまでの道は、3つある。それがわかれば、とクリスは再び側耳を立てる。
しかし、有効な手掛かりを得ることはできなかった。
(なんとかハル村か……。これが分かれば、使う街道も特定できる。……できるのだが)
アルカ帝国の地図は門外不出。無論、ポトスでも入手することはできない。つまり、今日得た情報だけでは、目的を果たすにはまだまだ不十分だった。
(まあ、まだ1か月以上もあるし、追加の情報を得る機会もあるでしょう)
心の中の悔しさとモヤモヤをきちんと整理して、クリスはアリアを回収するため、カジノ室へと向かう。
「おお……また勝ったぞ」
「おいおい……ここまで来ると、シャレにならんのでは……」
「見ろよ。いよいよ真打の登場のようだぜ……」
(ん?なんだ。さっきから騒がしいと……って、えっ!?)
部屋に戻ったクリスは見た。カジノ台を囲う席に座るアリアと、その目の前に積み上げられたコインが入った箱の山、そして、タワーのように積み上げられた空になったシャンパングラス。
「はあぁっ!!」
どうしてこんなことになっているのかわからず、クリスは声を上げてしまった。
「ふぁっ!?あっ……クリスちゃんだぁ!!お~い、クリスちゃん。あたいはここらよぉ~キャハハハ」
(だめだ。完全に酔っ払っている。関わっちゃダメだ)
そう思って、クリスはスッと背を向ける。そして、見なかったことにして、店を去ろうとする……が。
「お連れさんを残して、どちらに行かれるので?お客様……」
殺気立ったガラの悪いお兄ちゃんたちに囲まれてしまった。
「ちょっと……トイレに行こうと思っただけで……」
クリスは言い訳がましくそう言ったが、通用せずにカジノ台へと連れて行かれる。
(ああ……あまり目立ちたくないんだけど……)
内心でそう思いながらも、こうなっては仕方ない。クリスは諦めて事の成り行きを見守った。
「それじゃ、お嬢さん。俺と差しでいきましょうか」
「いいわよ。じゃ、わたし、これぜ~んぶ賭けるわね!!」
そう言って、アリアは賭ける場所に印のコインを置く。
「今度は、ルージュの19番よ!!」
フラフラしながらも、元気よく宣言するアリア。
「……本当に、それでよろしいので?」
「ええ、いいわよ」
(馬鹿め……それなら俺の勝ちじゃねぇか)
先程、真打と呼ばれていた男がルーレットを回してそこに球を投入する。なにせ、1/38の確立だ。イカサマをするまでもない。そう思いながら、成り行きを見守っていると……
「ホントかよ!?ウソだろ……」
「……俺たちは今、伝説の生き証人になろうとしているのか」
カジノリーダーを務めた男も、成り行きを見守っていたクリスも、他の観客も、信じられないような顔をして、玉の落ちた場所を見る。
「ルージュの19。きゃー♪また勝っちゃったぁ!!」
(この方は、神に愛されているのか……?)
目の前ではしゃぐアリアを呆然と眺めながら、クリスは独りごちた。
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