第39話 独裁者は、暗躍する

「……ケトンよ。ネポムクの腰抜けどもは、相変わらず動かぬか?」


 パチン!


「はい。……とはいっても、どちらでもよかったのでしょう?」


 パチン!


「ああ、攻め込んでくればよし、攻め込まなければ……こちらから攻めるだけだからな。準備もできておるのだろう?」


 パチン!


「はい。抜かりはございません……と、陛下。王手にございます」


「むっ?……いや、待った!さっきの手はなしで!」


「……陛下。これで、3度目ですぞ」


「うーむぅう……そうは言ってもだなぁ」


 ジャラール族の族長ダネルは、唸り声をあげる。どうやら今日も負けたようだ。対面に座る参謀のケトンとの将棋対戦は、これで通算15勝128敗。しかも直近では13連敗で、どうやったら勝てるのか、皆目見当がつかない。


「しかし、確か部族連合であったか?ネポムクの連中に攻め込んだら、そいつらを敵に回すことにならないか?所詮は烏合の衆ゆえに、勝てないとは思わないが、損害が大きければまずいことになるぞ。西のアルカ帝国は、かつてと比べれば衰えたとはいえ、無視はできないぞ」


 ダネルは、心の内をケトンに話した。日頃は王として常に強気ではあるが、こうして昔なじみのケトンと将棋を指す間だけ、素直になれるのだ。


 すると、ケトンは不敵に笑った。


「御心配にはおよびませぬ。部族連合に加盟している主要6部族のうち、2部族には鼻薬をかがすなどして根回しをしております。また、他の2部族については、事を起こす頃に絡繰りを仕込んでおり、出兵することはかなわないかと」


「ほう……」


 それは手際が良いことで、とダネルは感心した。だが、これで部族連合軍の結成は困難になる。


「……あと、盟主であるオランジバークの村長が【赤色魔力の水晶】を欲しがっているとか。これを提供する代わりに不介入を求めれば、より完璧に策は成るかと」


「ほう……。【赤色魔力の水晶】とな」


 ダネルは考える。古の魔王の力が宿る【赤色魔力の水晶】は、国の安全を脅かす危険な物だ。だが、生産した【従魔石】をすべて船に取り付けるという確約が取れるのであれば、ネポムク族平定の偉業に比べれば大した話ではない。


「だが、オランジバークの村長は、ネポムク族の……特にヤンと親しいと聞いているが?」


「……その婚約者であるレオナルドという男は、ヤンとその女村長を奪い合った相手らしく、奪い返されないように日頃から敵愾心を隠さないようです。まずは、この者に接触すればよろしいかと」


 ケトンは、潜入させている諜報員からの報告をもとに、そのように提言した。


「よかろう。では、その件はその方に一任することにしよう。頼むぞ」


「ははぁー」


 ケトンは、ひれ伏して任務を受諾すると、足早に立ち去って行った。ダネルは相手がいなくなった後の盤面の駒を数手分戻して、独り言ちる。


「ほう……やはり、ここが分岐点であったか。……やはり、上手くはいかぬな」


 そう思って、ダネルは紙とペンを引き出しから取り出して、1通の手紙を書いた。あて先は、『ウィリアム・マクブルーム』。元・ポトスの傭兵団長で、今はオランジバークの南に拠点を置く盗賊団の首領の名であった。

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