第43話:内政

王歴327年4月22日:南大魔境・新キャット族村・クリスティアン視点


「クリスティアン殿のお陰で、少人数での安全に南大魔境の中を交易できるようになりました、ありがとうございます」


 ホモカウ族の族長ヨアヒム殿が心からの礼を言ってくれる。

 すごくもろい関係ではあるが、キャット族、オーク族、ドッグ族、ドワーフ族、ホモカウ族の5族で交易協定が結ばれたのだ。


「あの程度の事でお礼を言ってもらうと恥ずかしくなります。

 4種族のナワバリの中心部が安全なだけで、外周部はまだまだ危険です。

 それに、交易協定自体がいつ破棄されるか分からないもろいモノです。


「確かにナワバリの中心地域以外はまだまだ危険です。

 ですが、それでも、今までに比べればすごく安全です。

 わずか100台程度の隊商でこの南大魔境を移動できるのですから」


「これほどよろこんでいただけるのなら、交易協定の維持に全力を尽くさなければいけませんが、すべては正確な情報があってこそです。

 何か気になる情報は届いていませんか?」


「……実はとても気になる情報が入っています。 

 ドッグ族には部族ごとに小さな村が数多くあるのですが、その村の1つが壊滅したそうなのです」


「ロードゴブリンかヒュージゴブリンのしわざでしょうか?」


「とても強くて足も速いウルフ族の村だったそうなのですが、1人の生き残りもなく、救援を要請する者もいなかったそうなのです」


「ゴブリンかどうかは別にして、とても強力な敵のようですね」


「はい、問題は、たまたまドッグ族の村を襲ったのか、それとも狙って襲ったのかですが、クリスティアン殿はどう思われますか?」


「まだ何とも言えませんが、責任あるモノは最悪の可能性を考えておくべきです」


「では、生き残りのロードゴブリンがいて、復讐のためにキャット族も狙っていると考えられるのですね?」


「はい、このゴブリン族の村だった場所を取り返すために、途中にあるじゃまなドッグ族の村を襲ったと考えます」


「クリスティアン殿は、他種族を盾にすために、ゴブリン族が隠れていそうな地域を放棄されたのですな?」


「そう言う考えがまったくなかったわけではありませんが、1番に考えたのは、せっかく手に入れた地域を確実に確保する事です。

 それでなくても元のキャット族村は人数が半減しています。

 他種族に美味しそうな土地を提供しなければ、狙われてしまいますから」


「そうですな、新村を開拓する時は、新村開拓を成功させるのも大切ですが、元々の村を維持する事も大切ですからな」


「それに、ガツガツしなくても、この新村のナワバリにはとても豊かな大河が含まれていますから、キャット族が10倍に増えても食糧不足になる事はないでしょう」


「そうですな、ワニにカバにカメに大魚、さらには水を求めてやってくる獣や魔獣たちも狩り放題ですからな。

 旅商人には命の危険がある大河ですが、南大魔境に住む方々には、とても大切な命綱ですからな」


「大河が旅商人の方々にはとても危険なモノだと言う事は知っています。

 だから雨季に来る事ができず、乾季だけ来られる事も知っています。

 今直ぐとは言えませんが、大河に橋をかける事も考えてみます」


「橋ですか?

 ……いくらクリスティアン殿の言葉でも、大河に橋をかけると言う話は、とても信じられないのですか」


「ホモサピエンスが作るような石造りの立派な橋ではありませんよ。

 ホモカウ族の方々が使っておられるような馬車が通れるような橋でもありません。

 荷物を担いだ人が渡れる程度の橋ですよ」


「その程度ならば、クリスティアン殿なら作れるかもしれませんが、それがホモカウ族の役に立つのでしょうか?」


「この村にホモカウ族の拠点があれば、橋の両側に馬車をつけて、人が商品を担いで渡す事で、雨季でも商品を運ぶ事ができますよ」


「なるほど!

 それならば、今までのようにまったく交易ができない状態ではなくなりますな」


「雨季に無理をして商品を運ぶのですから、ある程度の高値にはなりますが、今までのようにまったく商品がないよりはいいでしょう?」


「はい、はい、はい、とてもいいです。

 それに、南大魔境の中を通る事ができるのなら、ホモサピエンスを恐れる事も、関所で法外な税をとられる事もありません。

 橋の両側で商品を手渡しして車を積み替える労力など、大した事ではりません」


「では、橋をかけるのに必要な交渉と工事の協力をお願いします。

 他種族に架橋工事のじゃまをされるわけにはいきませんし、獣や魔獣に壊されるわけにもいきませんので、橋の両側に砦を築きたいのです」


「急がれるのですか、クリスティアン殿」


「いえ、とても大切で必要な橋とは言え、犠牲者を出してまでかける気はありませんから、5年10年で橋をかけられればいいと思っています」


「今直ぐにでも橋をかけていただきたい気分になりましたが、確かに一族の命には代えられませんね。

 わかりました、我々ホモカウ族もじっくり構えて手伝わせていただきます」


「大変です、クリスティアン殿。

 ロードです、ロードゴブリンが現れました!」

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