バッドエンド後の乙女ゲームでこれ以上なにをどう頑張れと言うのですか

石田空

思い出したら売られてた

 奨学金を完済したその日に、過労で死んだ。

 いくらなんでも、最初に思い出した前世の記憶が死因なのは、ひど過ぎやしないか。


 本業だけでは生活費だけで精一杯で奨学金が返せないけれど、奨学金を返せないとブラックリストに登録されて最悪カードとかローンとかもろもろを止められてしまう。

 仕方がなく、昼間は会社で働き、夜はキャバクラで働いて奨学金返済のために頑張っていたけれど、昼も夜もおっさんに八つ当たりされてストレスが溜まった私は、ソシャゲのガチャをぶん回すようになってしまった。

 どれだけおっさんに八つ当たりされても、ガチャで虹演出が来たら勝てる。

 奨学金返済のお金以外はどんどんガチャにつぎ込むようになり、徐々に生活が荒れていった。だんだん肌荒れが面に現れるようになったのを見かねたキャバクラのキャストの先輩……この人も似たり寄ったりで昼職だけじゃどうすることもできずにキャバクラで働いていた……に呼び出しを食らった。


「借金返済中の人間が、ガチャにハマッたら廃人になるから。もうソシャゲじゃなくってコンシューマーゲーにしなさい。それ以上お金が溶けないから」


 今思っても先輩は理解があり過ぎる人だった。

 私はそれもそうかと思って、ゲーム機とソフトを買うことにしたけれど、どういうゲームをすればいいのかわからない。

 仕方なくSNSでおすすめゲームを探してみて、乙女ゲームというジャンルが存在することを知って、そのソフトを買って遊ぶことにした。

 すごい。ガチャを回さずとも顔面偏差値のいい男が手に入る。時間経過を待たずに次のシナリオが読める。

 コンシューマゲームすごい。乙女ゲーム最高。

 こうしてずぶずぶはまるようになり、そのおかげで昼職でもキャバクラでも、どれだけおっさんに八つ当たりされても耐えられるようになった。

 そうは言っても、家に帰れば御曹司も大金持ちもマフィアのボスもいるからな。いいんだな。うちにはイケメンがいるんだぞ。そんな脳内妄想のおかげでいつもニコニコ。おかげでキャバクラで私が担当する客層が、だんだんまともになってきた。

 私が暇なときに乙女ゲームしていることを言ったら、キャスト控え室で化粧直ししていた同じキャバクラの子たちが興味を持ってきた……キャバ嬢もホストにハマるかソシャゲにハマるかの二択だから、顔面偏差値の高い男子というのには興味津々だった……気付けばキャスト控え室では乙女ゲームブームがやってきて、皆で新作や怪作をプレイしては、その情報交換会の場になっていった。


「今これやってるんですよぉ」


 その中で、常にゲテモノゲームばっかりやっているキャストが進めてきたゲームが『華族ロマネスク』だった。

 なに不自由ない華族のお嬢様として育ってきた登紀子だけれど、実家が華族として見栄を張り続けた結果、気付けば借金で首が回らなくなってしまう。登紀子はどうにかして借金返済のために走り回る中、素敵な男性たちと知り合うようになって……という大正風ロマンスだけれど。


「ギャァァァァァァァァァァ」


 進められるままにやった私は、ゲームをクリアした途端に悲鳴を上げた。

 このゲーム、選択肢を一歩間違えるとバッドエンド。

 個別ルートに入る前に借金完済のめどが立たないと、登紀子が売られていくのはまだマシなレベルだ。

 出てくる男、出てくる男が病んでいる。

 登紀子を借金漬けにして自分に依存するしかないように、次から次へと策略張り巡らせてくる成金を筆頭に。

 世界があまりに優しくないからと登紀子を実家から連れ出して監禁してくる男とか、とうとう心を病んでしまった登紀子を介護し続けた結果なぜかアカン趣味に目覚めてしまう男とか。

 とにかく可哀想なお嬢様に宛がうには、いくらなんでもそりゃないだろという男しか出てこなかった。

 なによりも、登紀子は実家が借金まみれだと気付かなかったくらいに、世俗に疎いお嬢様なんだし、借金の怖さを全くわかっていないというのがおそろしかった。

 ……キャバクラで働かなかったら奨学金返済できないような私が言うのもなんだけれど、お金は超大切だよぉ。この子に必要なのは愛とか誘惑とかじゃなくって、お金と世俗で生きていくための知識だよぉ。なんでこの子を皆でよってたかって壊してお人形にして手元に置いておこうとするのぉ。怖いよぉ。


「なんでこんな可哀想なことすんですか、このゲーム……まともな男がいない上に、ヒロインによってたかってひどいことするし、一歩間違うとバッドエンドだし……」


 私がゲーム返却がてら文句を言うと、彼女はにやにやと笑った。


「だってこれ、ヤンデレ書きのKさんの渾身の一作ですもん」

「誰だ、そのすごい二つ名は」

「『華族ロマネスク』のメインライターですよ。最近新規レーベルのオリエンタルリリィでたくさん書いてくれてて嬉しいんですよね。Kさんの書くヤンデレってわかってます感すごくっていいんですよねえ……ほら、出てくる男は皆病んでるだけでいい男じゃないですか。だって、個別ルートに入ったら、ひどい男だって気付けますか?」

「……まあ、ああ?」

「ヤンデレとDVは全然違いますからね。DV糞野郎は外面いいだけで、外に気付かれないように暴力振るうのに対して、ヤンデレはデレている相手には徹頭徹尾甘いけれど、相手を取ろうとする輩は死すべし容赦なしですから。ほら、大昔のプロポーズみたいに、全てを敵に回しても僕は君だけを守るって奴ですよ」

「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い」


 ヤンデレ好きの趣向はわからないぞ。

 好きな女の子に意地悪したいは小学生で卒業しておかないと、ただのモラハラ野郎になってしまうし、登紀子のことがどんなに好きでも、やってるのは彼女の尊厳陵辱だよなあと思ってしまう。

 そもそもこの子、本来婚約者がいたはずなのに、彼女の家が借金まみれだとわかった途端に、婚約者の実家から破談を申し込まれてしまったんだ。ゲームだと本当に冒頭にしか出てこなかった感じのいい人。普通は周回プレイしていたら飛ばしてしまう冒頭を、私はそのキャラ目当てで毎回見ていた。

 この人と無事に結婚していたら、この子もうちょっとマシな人生だったんじゃないだろうか。


 私は乙女ゲームで精神を繋ぎながら、どうにか無事に奨学金を完済。

 晴れてキャバクラを辞めて、昼職一本で生活していくぞーと意気込んでいたら。仕事の合間に寝る間も惜しんで乙女ゲームし、昼間はパソコンで座りっぱなし、夜はキャバクラで飲みっぱなし。体にガタが来ていた上に、借金完済で気が緩んでしまったのだ。

 次の日には、もう起きられなかった。

 ジ・エンド。


****


 そこまで思い出して、私は内心頭を痛めながら、目の前を眺めていた。


「それじゃあ、あんたの名前は、今日からときを。ここでの仕事は、先輩に聞くように」

「……はい」


 私の声は、酒焼けしてない澄んだ声をしていた。

 肌はストレスでも荒れひとつないきめ細やかな整った肌。髪はぬばたまの束髪。そして着ているものは、実家にいたときは煌びやかな友禅の着物だっただろうに、そんなものここで着れる訳がないと、薄い麻の着物に何度も洗濯して薄くなった帯でかろうじて巻いて着ていた。

 むせかえるようなおしろいの匂い。どこからか漂う紫煙の香り。

 どう考えても、ここは吉原。目の前置屋。

 ……誰のルートにも入れず、借金も完済できるめどが立たなかったら直行する初見殺しのバッドエンド、身売りエンド後だった。

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