深淵のエリーゼと宇宙蜘蛛

潮戸 怜(Shioto Rei)

第1話 接敵

 艦内に接敵警報が鳴り響いたその時、エリーゼは重駆逐艦Z3411の格納庫に並べられた、全長20mの人型兵器(ファランクス)の自己診断プログラムを走らせていたところだった。

 ファランクスの胸部に備えられたコクピットに座る小柄なエリーゼは、肩までかかる亜麻色の髪に、青い大きな瞳の幼げな顔立ちの少女に見えたが、彼女は人間ではなく人造人間(フェルギエ)だ。

 彼女は半年前にリンデン・バイオ社から出荷され、連邦宇宙軍外宇宙艦隊の第1055打撃群に納品され、そのまま実戦配備となっていた。打撃群の警戒艦6隻が先行し重駆逐艦3隻が追走する、彼女にとって3回目の航宙はちょうど14日目になろうとしていたところだった。


「エリーゼおわった?」

 隣のファランクスに乗り込んだレティシアが通信回路を開き、抑揚のない声で聞いてきた。エリーゼの1年先輩のレティシアはユニバーサル・ロケットモーター・エンジニアリング(URE)社製のフェルギエだ。URE社のフェルギエは感情がない(ようにみえる)ことで有名だった。

「ごめんね、もう少し」

 エリーゼとレティシアは格納庫の中で彼女達のファランクスの整備の最終チェックをしているのだった。機体の整備は整備中隊の整備兵の仕事だが、搭乗するファランクスの最終チェックは彼女たちの仕事だ。エリーゼはコクピットの周囲を囲むディスプレイに物凄いスピードで開く自己診断プログラムのウィンドウの内容をチェックしながら、ほぼ同時に次々と閉じていく。

「そう、わたし先に行く」

「うん」

 エリーゼは画面に目を走らせ操作しながら返事をした。

 接敵警報が鳴ると同時に、重駆逐艦Z3411に乗艦しているファランクスの搭乗員、つまり”機動歩兵”全員(といっても外宇宙艦隊所属の機動歩兵のほとんどはフェルギエだ)に非常呼集がかかっていた。

 レティシアはファランクスの搭乗口兼胸部装甲板を前に開いてコクピットから出ると、軽い足取りで蹴り出し銀色の長い髪をなびかせながら管理区画の方に流れていった。ファランクスに取り付いていた機付整備兵(彼らは人間だった)が敬礼するが、彼女の切れ長の瞳は当然のようにそれを無視してエアロックの中に消えた。


 エリーゼが実行している自己診断プログラムは最終段階である火器管制装置フェーズに入り、数千項目に及ぶチェックを数秒で済ませると、急いで診断コンピュータをシャットダウンした。

 非常呼集がかかってから3分くらい経っただろうか。もう中隊全員ブリーフィングルームにいるに違いない。先任フェルギエのアリカは後輩をその程度で怒ったりはしないが、いい顔はしないだろう。エリーゼは少し焦りながらコクピットを出た。

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