天から月が舞い降りて

チャーコ

第1話 プロローグ

 寝間着に着替えて結っていた髪を解き、蝋燭の揺らめく炎を吹き消そうとしたトワは、ふと気配を感じて窓を振り仰いだ。三日月を背景に、高い位置にある窓枠に腰掛ける人影を認めて淡く微笑む。


「こんばんは、セオ。今夜も来てくれたのね」


 ひらりと窓枠から飛び降りた少年──セオドアは、悪戯っ子のように口元を緩めて笑う。まるで三日月の色を写し取ったようなセオドアの金髪は、薄暗がりの中でも眩く輝いた。


「もう寝る支度していたんだ。今日は早寝なんだね、トワ」


 トワの下ろした長く艶やかな黒髪は、この国では非常に珍しいものである。少女の黒髪と黒い瞳は、遠く東に位置する異国の母譲りのもので、セオドアはその美しさをとても好んでいた。


「明日の朝は、お父様に呼び出しをされているの。お屋敷には近づかないように言われているのに、どういう風の吹き回しかしらね」


 肩をすくめたトワの居室は、屋敷の外れの粗末な離れである。目立つものといえば、異国から母親が持ち込んで苗木から育てた桜と、トワが趣味で糸を組む高台くらいだろうか。いつもであればこの時間、トワが高台に座って器用に絹糸を組紐にしていくさまを眺めることも、セオドアは好きだった。


「お父さんに呼ばれて? そういえばトワは伯爵令嬢だっけ」

「令嬢なんて大層なものじゃないことは、セオもよく知っているでしょう。所詮、私は妾の子よ。この王国では異端の存在なの」


 少しばかり捻くれた物言いになってしまうのは、トワの生い立ちに由来するのだろう。セオドアはそんなトワを宥めるように持参した土産の櫛を差し出すと、素直な彼女は礼を言って受け取り、嬉しそうに黒髪をくしけずった。


「異端とか自分を卑下する言い方をしなくてもいいじゃないか。僕はトワの髪が好きだし、話していて楽しいよ。お父さんもそういうことを知ってるんじゃないかな」

「そうかしら……」


 不安げに大きな瞳を伏せるトワの姿は月明かりに照らされて、より一層異国情緒溢れた美しさが際立つ。十六歳の少女が持つ危うい色香にセオドアは心惹かれていくのであった。

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