墓を守る者ー③
慌てて後ろを振り返ると、闇の中から現れたのはよく見知った顔だった。
「ラウル…!」
なぜここに、と言わんばかりにレイモンドは険しく歪めた表情で彼を見た。
闇の中から現れた彼は、それはそれは険しい表情で、額に汗を光らせてレイモンドを見つめていた。
「レイモンド様!このような場所で何をなさっているのですか!!」
「ちょっと!声抑えて!」
ラウルはレイモンドに勢いよく詰め寄ると、その静寂な空気を揺らすかの如く、声を荒げた。
その声の大きさに、辺りをキョロキョロしながらエレノアは慌てて注意をする。けれどラウルはまるでエレノアの姿など見えていないかのように、目すら向けることはない。
「ラウル、声を抑えろ」
「このような場所で。これではまるで墓荒らしではありませんか!」
ようやくエレノアに目を向けたかと思えば、その土の付いた手を睨みつける。
「お前は!この方がどなたか分かっているだろう!!こんな真似をさせて、一体どう言うつもりだ!」
「どう言うつもりって、材料を取りに来ただけよ」
「材料だと!?死者の眠る墓場に一体何があると言うんだ!これは大罪だぞ!」
「ラウル!声を」
込み上げる怒りが抑えきれず、ラウルはエレノアに怒鳴り散らす。
レイモンドが横から冷静に彼を宥めるが、それすら耳には入っていないほど怒っていた。
するとその時、遠い闇の彼方から、静寂を切り裂く死神の声が彼等の姿を捉えた。
「…まずい!」
恐ろしきその声は、闇の奥から駆けてくる。完全に捉えられたその姿は、もはや隠す術などない。
恐れていた事になってしまった。
「あなた、これを被って」
「一体なんだ」
「いいから早く!!」
エレノアは大急ぎで自身の着ていたローブをラウルに手渡すと、それを被るよう指示した。
突然のことに戸惑うレイモンドに、無理矢理ローブを押し付けると荷物の中から何かを探し始める。
「あった」
荷物の中から取り出したのは、小さな小瓶。中にはほんのわずかな液体が入っていた。
エレノアはその瓶の蓋を外すと、その上で杖を振る。
すると瓶の中から、一つの風とともに深い悲しみのこもった女性の鳴き声が聞こえてくる。その風は瞬く間にレイモンドとラウルを生暖かく包み込み、消えた。
「今のは」
「説明してる時間はないの。早くあそこの木の影に隠れて。一言も声を出してはダメよ」
エレノアは少し離れた場所にある大きな木を指さして言った。
レイモンドは少し悩んだが、あまりにも必死なエレノアの顔を見て、渋々ラウルの腕を掴み木の影へと急いだ。
2人が木の影に滑り込んだ瞬間、エレノアの目の前に大きく黒い影が現れた。そして一つの遠吠えとともに闇の中から姿を表したのは、闇そのもののような真っ黒な姿の少し大きな犬だった。
「こんなところで何をしている、時戻りの魔女よ」
「夜の散歩よ、ジャック」
明らかに敵意を剥き出しにし、低い声で唸る目の前の犬に、エレノアは平然を装って笑ってみせた。
「誤魔化すな。また墓荒らしに来たのだろう」
「まさか。前回で懲りたわよ」
「ではその手に付いた土と、持っているものはなんだ」
ジャックが睨む先には、手に持つ2つの瓶。
一瞬エレノアは、しまった、と言う顔をしてしまう。すぐに取り繕ったが、その一瞬を彼は見逃さなかった。
「やはりまた花を盗むつもりだったのだな」
「違うわ」
「言い逃れはできんぞ。ここにあるものは葉の一枚、
砂の一粒に至るまですべて死者のものであり、神のものだ。…それに、この匂いはなんだ。なぜバンシーの匂いがする」
エレノアは唇を噛む。先程の液体は死を知らせるバンシーの涙。その匂いで彼らの存在を誤魔化そうとしたが、やはり相手は墓守犬。そんな小細工は通用しなかったようだ。
鋭い歯が口から覗き、低い唸り声が強くなる。
「まさか仲間でもいるのか」
「…そんなことないわ」
「迷いがあるな」
するとジャックは空へ向かい、大きくひとつ声を上げた。
そしてその声に反応し、ジャックより少し小さい犬達が何匹も闇の中から姿を現す。
「あらジャック。いつの間にかお友達が増えたのね」
「貴様とは違うからな」
「…嫌味だわ」
犬達は凄まじい勢いで辺りを捜索し始める。
そしてエレノアの努力は虚しく、あっという間に木の影に隠れていた2人は見つかってしまった。
わん、と大きく木に向かって吠えると、犬達は2人が逃げないよう周りを囲み、エレノアとジャックの下まで連れてくる。
「すまない」
「私こそごめんなさい」
「呑気におしゃべりとは、ずいぶん余裕だな魔女。こいつらは誰だ」
項垂れるレイモンドは申し訳なさそうに謝罪の言葉を吐き出す。その後ろでラウルは事態が飲み込めないようで目を白黒させていた。
言葉を交わすエレノアに向かって、ジャックは今にも噛み付かんばかりに歯を剥き出しにする。
「あら、ここを守っていながら、この人が誰だか知らないの?」
「生意気な口を聞くな。…本当に貴様は、
「お褒めの言葉感謝するわ」
「いい加減にするんだな」
たとえ相手が貴族だろうが、ガタイのいい騎士だろうが、恐ろしい妖精だろうが。相手が誰であれ、エレノアの挑発的な態度は変わらないらしく、ジャックは次第に苛立っている様子だった。
「この人は、アルバート公爵よ」
その名前に、ジャックの金の瞳は大きく開かれる。
するとジャックははレイモンドに向かって片足を折り曲げ頭を下げた。
「大変失礼いたしました、アルバート公爵」
エレノアに向けていたような恐ろしい顔ではなくなり、冷静に忠誠を見せるジャック。
突然のことに、レイモンドは驚き不思議そうな顔をしていた。
「エレノア、彼は一体どうしたんだ」
レイモンドはジャックに聞こえないよう、小さな声でエレノアに尋ねた。
すると聞き慣れたため息が小さく漏れ、エレノアの口はレイモンドの耳元に近付く。
「…ここの墓地は誰のもの」
「え?」
「ここの主人は誰」
レイモンドは一瞬考え込む。
ここに眠るのは王族とそれに近しいもの。そして国に功績を残すなのあるものだ。この墓地は国のものである。つまりは王のものとも言える。
「陛下か?」
「少しだけ正解。ここは王のものであり、神のものであり、眠る者達のもの。そして墓守犬はそれらに忠誠を誓う、ここの番犬。この場所や主人に害をなすもの全てから守り、時には迷える魂を導くのが彼らの役目。つまり」
「つまり?」
「あなたも彼にとって、主人の1人なのよ」
「私が…?」
納得がいかなそうに眉を下げるレイモンドに、エレノアはにっこりと微笑んだ。
「アルバート家はもっとも王家に近い貴族でしょう。あなたの先祖もここに眠っている。だからジャックがあなたに忠誠を誓うのは当然のこと」
「だが、彼に会うのは今夜が初めてだ」
「それでも、彼にとってはあなたは主人の1人なの。これは理屈じゃないのよ」
エレノアはどこか寂しそうな表情で、頭を下げるジャックを見つめた。
するとジャックは頭を上げて、鋭い目つきで再びエレノアを睨む。なんとかいきそうだと思ったのに、とエレノアは残念そうに、上がっていた口角を下げた。
「ところでなぜ、魔女がアルバート公爵と一緒にいるんだ」
ありえないだろう、と小さく呟いたその言葉は、エレノアの耳にしっかりと届いており、それはそれは意地悪い笑みを浮かべてエレノアは言った。
「依頼主なのよ」
「はっ。何を言う。魔女、貴様はあの忌まわしい魔法を使うのをやめていただろう」
「…事情があるのよ」
「あんなもの、使わずにいればいいものを」
「仕方ないじゃない。彼がどうしてもと言うし。それにこの依頼は王様からなのよ」
「なに!?王直々の依頼だと!嘘をつくな、魔女」
「嘘じゃないわよ。…ほら、なんとか言ってよ」
王から依頼など来るわけないだろうとでも言いたげに、ジャックはエレノアを威嚇する。
困った彼女は肘で隣にいたレイモンドをつつき、その鋭い牙に噛まれてしまわないよう、事情を説明するよう促した。
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