第4話・ベルの望み



「伯父様、私、伯父様の言う通り、結婚します。いろいろと考えて、決心しました」


 私がそう言うと、伯父様は安心したように、ほっと息をついた。


「そうか、よく決心してくれたな」


「はい、いっぱい悩みましたけど……」


「そうか」


「癇癪を起して、三日も口をきかなくて、ごめんなさい」


 私が謝ると、伯父様は首を横に振った。


「大丈夫だ。私にとってベルの癇癪は、昔からとても可愛いものだった」


「そうなの?」


「あぁ。例えそれがただの我儘からくるものだったとしても、とても可愛いものだった。まぁ、お前は我儘を言うような子ではなかったがな」


 苦笑しながら、伯父様は言った。

 我儘、か。

 確かに、戦場でもあるこの砦に住んでいる事もあって、あまり言った事はなかった気がする。


「じゃあ、伯父様に言われた通り、結婚する事にした私の……最後の望みを、叶えてくれる?」


 ふと思いついて、口にした事だった。

 伯父様は少し驚いたようだったが、頷いてくれた。


「いいの?」


「あぁ、構わない。今の私に叶えられるようなものであれば、叶えよう。何が望みだ?」


「え、と……」


 まさか頷いてくれるとは思わなかった。


「どうした? 何か欲しいものでもあるのか?」


 と聞かれ、私は首を横に振った。

 欲しいものなんて、なかった。

 私の望みは、ずっとここにいる事……だけど、これは口にはできない事だ。

 それなら……。


「それなら、これから結婚式までの、四日間……。ずっと伯父様のそばに居てもいい?」


 私の願いは、我ながらとてもささやかなものだった。

 だけど、ここは魔物が湧き出る東の森の第一砦で、伯父様はここの責任者だから、断られるかもしれない。


「ベル……」


「あ、やっぱり無理よね、ごめんなさい」


 やはり無理なのだーーそう思ったけれど、伯父様は首を横に振った。


「いや、お前の願いがそれなら……できるだけ何とかしよう」


「本当?」


「あぁ」


 頷いた伯父様に、私は飛びついた。

 伯父様は二メートルを軽く超える長身で、がっしりとした体つきをしているから、私が思いきり飛びついてもびくともせずに、簡単に抱き留めてくれた。


「ありがとう、伯父様、とっても嬉しい!」


 伯父様は何年経っても、私が成長しても、変わらずとても大きな人だ。

 伯父様の腕の中に居ると、安心する。

 伯父様は、私が世界で一番信頼している人だ。

 伯父様は私のお父さんのお兄さんだから、伯父様なんだけど、私にとってはそれ以上の存在だ。


「あのね、伯父様……。もう一つ、お願いがあるの……」


「なんだ? 私にできる事なら、何だってしてやろう……」


「あのね、今までずっと伯父様って呼んでいたけど、お父さんって呼んでもいい?」


「え?」


 伯父様は驚いたようだった。

 私は伯父様の腕の中から顔を見上げ、続ける。


「駄目、かな? 本当のお父さんじゃないけど、ずっとお父さんだって思ってた……。お父さんって呼んじゃ駄目?」


 私がそう尋ねると、伯父様――お父さんは、固く目をつむり、首を横に振った。


「いや、構わない……。お前がそう呼びたいと思ってくれるのなら、こんなに嬉しい事はない」


「お父さん……」


「ベル……ベル……私の、大切な娘……」


 そう言って、私を育ててくれたお父さんは、涙を流しながら私を包み込むように抱きしめてくれて、私も精一杯の力でお父さんを抱き返した。


 結婚式まで、あと四日。

 残された時間を、私は大好きなお父さんと、できるだけ一緒に居る事にした。






「今日は、ギルベルトお父さんの好きな魔黒鳥のシチューを作るからね。あと、タイラーとマディが、森の見回りに行った時に、魔豚を獲ってきてくれたの。ギルベルトお父さんの好きなハムにしておくから」


「それは楽しみだな。そうだ、私も手伝おうか」


「え? 本当? ギルベルトお父さん、料理、できるの?」


「できるさ。ただ、お前のように美味しく作れないだけだ。でも、教えてもらったらできると思うぞ」


「わかったわ、じゃあ、一緒に作ろうね!」


 結婚式までの数日間、私はできるだけギルベルトお父さんと一緒に居た。

 お父さんも私の望みを聞いてくれて、できるだけ私のそばに居てくれた。

 タイラーやマディも、砦に居る仲間全員が協力してくれて、私の願いを叶えてくれたのだ。


 穏やかで、泣きたいくらい幸せな数日間だった。

 実際、夜になると泣いてしまった。

 この幸せの中で、ずっと過ごしていたい。

 結婚して王都に行くなんて嫌だ、ずっとここに居たい、と心が揺らいで叫びだしてしまいそうになるのだ。

 だけどそのたびに、この砦の人を守るんだと自分に言い聞かせて我慢した。

 大好きなギルベルトお父さんは、絶対に私が王都から守るんだ。




 そして、とうとう最後の夜になった。

 明日は私の結婚式だ。

 全く嬉しくない結婚式……顔も知らない相手の元に、私は嫁ぐ事になる。

 眠ってしまえば朝がきて、ここから離れなければならない。

 そう思うと眠るのが怖くなって、ベッドを抜け出し、慣れ親しんだ厨房に足を向けた。


「ベル、寝ないのか?」


 声をかけてきたのは、ギルベルトお父さんだった。

 昼間に私と一緒にいるために、ギルベルトお父さんは、夜に砦の見張りをしていたはずだ。

 今夜の見張りはどうしたのかと尋ねると、


「ベルと一緒に居られる、最後の夜だからな」


 と言って、ギルベルトお父さんは腕を広げ、おいで、と言ってくれた。

 私は頷いて、広げられた腕へと飛び込んでいく。

 そうだ、今夜は、最後の夜だ。

 この優しくて逞しい腕とも、今夜でお別れだ。


「あのね、明日、言おうと思ってたんだけど……」


「何だ?」


「今まで育ててくれて、ありがとう」


 私がそう言うと、ギルベルトお父さんは何も言わずに、私を抱きしめる腕に力を込めた。


「本当のお父さんとお母さんはそばにいてくれなかったけど、ギルベルトお父さんがずっとそばに居てくれたから、私、少しも寂しくなかったわ。ここの生活は確かに危険かもしれないけれど、私はここが大好き……。ギルベルトお父さんや、みんながいる、この東の森の第一砦が、大好きだったよ」


「ベル……」


「お父さんって呼ばせてくれて、ありがとう……。忙しいのに、一緒に居てくれてありがとう……」


 ギルベルトお父さんの、私を抱きしめる腕が、震えていた。

 もしかして泣いているのかもしれないなぁと思う。

 ギルベルトお父さんは、結構泣き虫だから。


「最後だから、朝まで一緒に居てほしいな」


 腕の中でぽつりと呟くと、


「甘えっ子だな」


 と、少し呆れたように言われた。

 だけど、


「構わない……。抱えていてやるから、このまま眠りなさい」


 とギルベルトお父さんは言ってくれて……私は素直に目を閉じた。

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