第2章:ベル・ガンドール

第1話・東の森の第一砦


 私が、伯父であるギルベルト・ガンドールから、生まれ育ったこの東の森の第一砦を出て、顔も知らない男と結婚して、王都オフレンドに住むようにと言われたのは、十九歳の誕生日を過ぎて、ほんの数日経った時の事だった。


「お、伯父様? 結婚って、私、まだ十九歳なのよ? 冗談ですよね?」


 厨房でみんなの食事の準備をしていた私は、握っていたジャガイモと包丁を置き、伯父様を見つめた。

 私は伯父様に、冗談だ、と言ってほしかった。

 だけど、私の伯父であるギルベルト・ガンドールは、冗談を言うタイプの人間じゃない。

 伯父様は首を横に振り、


「ベル、これは冗談ではない」


 と言って、真剣な表情で私の顔を見つめた。


「お前は私にとって、死んだ弟夫婦の忘れ形見だ。この森の砦で子供を育てるなど、無茶苦茶な事だとわかっていながらも、お前のそばに居たくてここで育ててしまった。だけど、ここは戦場だ。日々危険と背中合わせの場所だ。そして私は、そういう場所でしか生きる事ができない男だ。だから、私はお前の今後の安全と幸せを考え、今回の事を決めた」


「き、決めたって何よ! 私の事なのに、私に何も聞かないまま、全部決めたっていうの?」


「あぁ、そうだ」


 伯父様は真面目な顔で、深く頷いた。


「信じられない! 私の事なのに、私に何も聞いてもらえないなんて!」


「ベル……」


「確かにここは安全な場所ではないけれど、ここは私の大好きな場所なのに!」


 伯父様は悲しそうな、困ったような表情で私を見つめた。

 あぁ、多分、本当に困っているんだろうなと思う。

 だけど、伯父様が勝手に決めてしまった事で困るのは、自業自得だ。


「ベル、ここは魔物が絶えず湧き出る、魔の森だ。とても危険な場所なんだ……」


「わかってるわ。だって、私はここで生まれて、ここで育ったのだもの」


 ここは、オウンドーラ王国の王都オフレンドの南に位置する、魔物が棲み湧き出る危険な魔の森。

 そして、この東の森の第一砦に居る者たちは、王都オフレンドを守る傭兵だった。

 私の両親はここで出会って愛し合い、二人の間に私が生まれた。

 だけどしばらくして、魔物の襲撃があり、二人とも殺されてしまった。

 赤ん坊だった私が生き残れたのは、いくら両親が必死に守ったからとはいえ、奇蹟だったと何度も聞かされた。

 それから、私はここでずっと暮らしている。


「お前をここで育てたのは私だ……。だが、私はお前に傭兵にするつもりはない。お前には、魔物と戦う力が備わっていないからだ」


「それは……」


 私は真剣な表情の伯父様の視線から逃れるように、俯いた。

 私には魔物と戦う力が備わっていないーーそれは確かな事だった。

 私は力も体力も人並みで、どれだけ鍛えても、幼馴染のタイラーやマディのように、魔物と戦えるだけの力を得る事ができなかった。

 魔物と戦う力がない者は、自分の身を守る事ができない。

 それはつまり、死を意味している。


「お前には、安全な場所で幸せに暮らしてほしいのだ。頼むから、わかってほしい……」


「た、頼むって言われても……」


「オウンドーラ王には、お前の身の安全と幸せを保証する契約をしてもらった。私はここで、お前が居る王都オフレンドのために戦おう。そして、お前は王都オフレンドで過ごしながら、防御結界でオフレンドと自分の幸せを守るのだ」


「伯父様……」


 私には、魔物と戦う力はない。

 だけど代わりに、回復魔法と、防御魔法を使う事ができた。


「ベル……結婚式は、一週間後だ……。どうか安全な場所で、幸せに暮らしてほしい……」


 伯父様はそう言うと、大きな手で私の頭を撫で、立ち去った。

 私はその場に崩れ落ちるように座り込み、声を上げて泣いた。


 私の幸せは、どんなに危険な場所であろうとも、ここに居る事なのに。

 どうしてわかってもらえないのだろう。


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