第3話・聡の提案
「あぁ、そう言えばね、尊……」
「ん?」
「話は変わるんだけど、僕、この間の花火大会の時に雅に聞いたんだけどね、雅、すごい思い違いをしててね」
「何をだ?」
雅が思い違いをしているのはいつもの事だ。
彼女は考え方が他人とは少しずれているのだ。
「あ、聡、雅っていうのは、僕の妹でね、尊のクラスの生徒なんだ」
雅の事を知らないであろう聡に、保が説明する。
尊も、雅は灯里とも仲がいいという事を補足した。
「あのね、尊。雅ね、尊がすごく自分の事を見るから、尊は自分の事を好きなんだって思ってたんだって」
「は?」
尊はぱかっと口を開けた。
「な、何だよ、それは」
「だからね、尊、すごく雅の事、見てたんでしょ?」
「あぁ。保に似てんのがすげぇ面白くてよ、つい見ちまうんだ」
そう言うと、保は尊が言った事を聞いていなかったのか、雅は可愛いよねぇー、とほんわりと笑っていた。
「いや、だからな、保に似てるから面白くて見てたんだよ。でもよ、それでなんでそう思うか……いやぁ、雅、やっぱすげぇ面白いわ」
尊は大笑いした。
保も笑いながら、誤解を解いておいてあげたからね、と言う。
「え? 誤解を解いた?」
一体どういう事だと尊は保を見つめた。
保は頷き、だからね、と続ける。
「だからね、尊が好きなのは雅じゃないんだよって教えてあげたんだよ?」
「お、おい、保、もしかしてお前……それ以外の事も雅に言ったか?」
尊はおそるおそる保に聞いた。
嫌な予感がして堪らない。
そして、その嫌な予感は当たっていた。
「うん。尊は子供の頃からずっと奈央の事を好きなんだって、言っておいたからね」
「え? 何だってぇっ」
尊は頭を抱えた。
そして、これか、と思う。
灯里と雅は仲がいい。
きっと雅は、尊が奈央を好きなのだと灯里に伝えたのだろう。
だから、灯里は……自分は失恋したと、そう思ったのだ。
彼女の誤解を解かなければならない。
だが、いつ、どうやって解けばいいだろうと尊は思う。
学校では人目がありすぎる。
だが、学校以外で灯里と会う事は難しい。
「保、なんて事をしてくれたんだよ……」
ため息をつきながらそう言うと、保は首を傾げた。
その様子を見ながら、わからないだろうなぁと尊は思う。
だが、理解されても困るのだ。
今尊が誰を好きなのか、なんて事は。
だって、自分は教師であり、想い人である少女は自分の生徒なのだから。
「保、尊は昔、奈央に振られてんだぜ?」
そう言ったのは信介だった。
「そう言えば、そうだね」
頷く保を見て苦笑し、信介はカウンターの奥でグラスを磨きながら続ける。
「だから今の尊と奈央は、いい友人同士だ。尊はもう奈央に対して恋愛感情はねぇよ」
「そうかぁー。じゃあ、どうしよう、雅に訂正した方がいいかなぁ?」
「さぁ、それはどうだろう? 雅の性格から言って、そうしたら今度はやっぱり自分の事を好きなんじゃねぇかって言い出しそうじゃねぇか?」
確かにそうだね、と保は頷いた。
さすがは兄。自分の妹の性格は把握している。
「尊……」
「ん?」
尊の隣で飲んでいた聡がぽつり、呟くように言った。
「なんだ?」
「いや、その……お前にはこの間の花火大会で、すごく世話に、なった、な?」
「え? まぁ、そうなんのかな。でもよ、そんなの気にしなくても……」
いいんだぜ、と尊は続けようとしたのだが、聡は首を横に振った。
「いや、ものすごく世話になった。だから……」
「ん?」
「尊……今度、うちにメシでも食いに来ないか?」
「え?」
聡の言葉に尊は驚いた。
どういう意味だろうと考えながら返答に悩んでいると、
「だからその……お礼だ! 昔みたいに何も考えないで、頷いておけ」
と言われ、思わず頷いてしまう。
「では……今度の日曜日はどうだ? お前、用事はあるか」
「い、いや、ねぇけど……」
「では、今度の日曜、うちに来い」
「お、おい……」
聡からこんなふうに誘われるのは初めてだった。
いくらこの間の花火大会の事があるとはいえ、一体どうしたのだろうと思う。
「尊、いいじゃねぇか、聡んちに行って来いよ」
そう言ったのは、信介だった。
信介の隣では保も頷いていた。
「そうだよ、行ってきたらいいよ。聡が誘ってくれるのって、珍しいでしょ」
確かに、聡が自宅に誘ってくれるのは珍しい。
むしろ、今までは自宅に近寄らないでほしいと思っていたようだったのに。
そして、その理由はきっと灯里であったはずだ。
という事は――。
「尊、聡の気が変わらないうちに行くって返事した方がいいと思うぜ。せっかくだからメシ食わせてもらってこいよ」
苦笑して信介が言う。
尊は、あぁ、と頷いた。
どういうつもりなのかはわからないが、聡は尊に灯里と話をする機会を作ってくれるつもりらしい。
「じゃあ、今度の日曜日、お邪魔するよ」
尊が返事をすると、聡は笑みを浮かべ頷いた。
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