第4章:乙女は一途に恋をする
第1話・失恋したって、どういう事?
夏休みが終わり、二学期が始まった。
あの花火大会の日に灯里との距離が縮まったと思っていた尊は、二学期が始まって灯里に会えるのを楽しみにしていたのだが、灯里の態度は一学期に終わりほどではないが、どこかよそよそしい感じがした。
避けられているわけではない。
だが、尊が彼女に歩み寄ると、半歩下がってしまうという感じで、彼女は尊から少し距離を置いているように思えるのだ。
これは一体どういう事だと尊は思った。
彼女にまだ告白をする事は出来ないにしろ、あの花火大会の日にかなり距離が縮まって親密になれたはずなのに。
「古城っ! おいっ」
ある日、授業が終わり帰ろうとする灯里を尊は呼び止めた。
足を止めた灯里は尊を振り返り、
「どうか、しましたか?」
と首を傾げる。
「あのさ……ちょっと頼みてぇ事があるから、いいか?」
「え? えぇ……」
尊は頷いた灯里を連れて、彼女が世話をする花壇へと向った。
本当なら完全に二人きりになれる場所が良かったが、学園内では難しいだろう。
だから尊は聞きたい事をまるで世間話をするかのように、隣で視線を足元へ落として歩く灯里に聞いた。
「あのよ、古城……」
「はい」
「お前、何かあったか?」
尊の問いに灯里はしばらく黙り込んだままだったが、普段から世話をしている花壇へとたどり着くと、足を止め、尊を見上げた。
「あの、先生……頼みたい事があったのではなかったのですか?」
「え? あ、あぁ……」
尊が曖昧に頷くと、
「もしかして……頼みたい事があるっていうのは嘘で、何があったかを聞くために私を呼んだのですか?」
と灯里は言った。
真っ直ぐに見つめられて、尊は頷いた。
「実は、そうなんだ」
そう答えると、灯里は少し首を傾げる。
「どうしてそんな事、聞くんですか?」
「なんでって……そりゃあ……元気がないのが心配だから、だ。お前は俺の……大事な生徒だからな……」
本当は教師としてだけではなく、一人の男として、が正解だ。
尊は自分と彼女の立場から、本心を口に出来ない事を悔しく思った。
学生の頃のように、思った事をそのまま伝えられたらいいのに。
大人って、教師って、どうしてこんなに不自由なのだろう。
「心配かけて、ごめんなさい……。先生に心配かけちゃ、ダメですよね……」
灯里はそう言うと尊を見上げたまま笑ったが、その笑みは無理矢理作ったように尊には思えた。
今にも泣き出しそうだから、無理矢理笑った――そんな笑みを浮かべたまま、灯里はぽつりと呟くように言う。
「先生……」
「オウ……」
「私……失恋、したんです……」
「え?」
尊は驚いた。
どうしてそんな事を言うのだ、と思う。
灯里が自分を好きなのは知っている。
今の尊は教師という立場から生徒である灯里に対し、教師としてしか接するわけにはいかないが、尊は彼女を振った覚えなどないのだ。
だとすれば、灯里が何かを誤解しているとしか思えないのだが、尊には灯里が何を誤解して失恋したと思い込んでいるのかがわからなかった。
「失恋、て……」
「私の好きな人……すごく素敵な女の人の事が好きだったんです。私、もう諦めるしかなくて……でも、やっぱりショックで……。だから元気がないように見えたんだと思います。ごめんなさい、心配をかけて。気をつけますから……」
灯里はそう言うと、尊にぺこりと頭を下げて立ち去った。
「なんかまた面倒くせぇ事を考えてんだろうなぁ……」
俺はお前が好きなんだと言ってしまえれば全ては解決出来るような気がする。
だけど、自分は教師で灯里は生徒――しかも受験生だ。
この高校三年という時期は、彼女にとってとても大切な時期なのだ。
「言っちまいてぇけど、でもな……」
想いを告げれば、もう自分は止まらなくなってしまうだろう。
だから、言えないし言わない。
それでも、灯里の誤解をなんとかして解かなければならないと尊は思った。
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