ほんとうはこわい異世界転移

えこでれ庵

#1 死んだら異世界転生? いいえ、異世界転移です

 おっす。俺、社畜五年生。


 いつもの通り、終わりの見えない仕事と格闘して、終電に飛び乗って帰宅してたんだ。

 だけど、ちょうど最寄り駅に着いて改札を出た途端に、晴れの星空が一変、曇ったかと思う間もなく急に雨が降り出して。

 あれよあれよという間に土砂降りになって、カミナリまで光りはじめやがった。


「あちゃー傘持ってねぇよ! 天気予報の嘘つきめ!」


 雨宿りしようと考える間もなく、あっという間に全身びしょ濡れだぜ。

 今さら雨宿りをしても仕方ないって判断した俺は、悪態をつきながらも駐輪場からチャリを引っ張りだして、キコキコ漕ぎ始めた。


 カミナリってやつは、光ってから音が鳴るまでの時間で、距離がだいたい判る。

 うん、これはヤバい、至近距離だ。

 なんとか家までもって欲しい。こんなびしょ濡れでどっかに避難してたら風邪ひいちまうぜ。


 なーんて思って焦ってたら。

 もの凄い轟音とともに、全身に強烈な衝撃が走って。

 そのまま、俺の意識は一瞬で消え去った。



 ◇



 気付いたときは、あたり一面真っ白だった。

 いや、空も地面もなくて、ホントにただひたすら真っ白。驚きの白さですよ。アタ〇クもびっくり。

 霧が出てるという感じではなくて、遠くまで見えてるんだけど真っ白っていうの?

 病院とかじゃないよね。病院なら知らない天井なんだけど。


 それと、謎の浮遊感。

 視線は動いてるっぽいけど、体は一切動かせない。

 ってか、そもそも俺の体、あるの?

 臨死体験ってやつ? それとも一線を越えちゃったってやつ?


 なーんて、ぼけーっと考えてたら。


『意識は戻りましたか、第三界の方?』


 女性の声が聞こえてきた。

 なんというか、鼓膜を素通りして脳みその中に直撃だ。とても綺麗な、どこかの声優さんかオペラ歌手さんか? っていうような声。いいね。

 鈴を転がすような声ってよく言うけど、こういうのを言うんだなーと思ったよ。


 脳みそ直撃でも声の質とか判るもんなんだなー、とか、変なところに関心していたら。


『聞こえていますか、第三界の方?』


 再びの声。

 うん、やっぱり良いね。俺の好みにどストライクだ。

 こんな美声でボンキュッボンな美人の嫁さんが居たら、人生バラ色だろうな。

 ま、嫁さんどころか、女性には全く縁が無かったわけだが。


『あの、第三界の方?』


 うはー、こんな声で耳かきボイスCDが出たら即買うわ。

 ついでにえっちなボイスCDも出して欲しい。超欲しい。

 想像しただけで鼻息荒くなっちゃうね。俺の体がどうなってるのか判らんけど。鼻息出てるのかね?




『おんどりゃあ! 聞こえたら返事をせんかいボケーっ!!』




 いままでの声とはうって変わり、ドスの利いた大音量?の罵声。

 ガツンときた、脳みそにガツンと。意識が一瞬飛びかけたぞ。

 ぐおー、痛ぇ。どこが痛むのかよくわからんけど痛ぇ。

 ギャグマンガとかで大声が物質化するやつ、きっとあんな感じの一撃だ。

 脳みそが弾けるイメージが浮かんだぜ。


『全く、これだから界の低い存在は……テメェの考えてることは全部こっちに筒抜けてるんだからさっさと返事しろってーのそもそもテメェの嗜好にわざわざ合わせてやってるんだから好みに決まってんだろボケがせっかく合わせてやってんのに言うに事欠いて劣情を持ち出してくるとかケンカ売ってんのかよそっちの礼儀に合わせて返答待ちしてるってのに無視してんじゃねーよそもそも第三界ってなに?とか疑問に思うのが先だろーが脳みそ湧いてんのかお前は』


 怒涛のごとく声?が流れ込んでくる。

 うん、今までのおっとりボイスもいいけど、こういうのもいいね。

 なんか、新しい扉を開けられてしまった気分。


『返事はッ!?』

 は、はひっ!


 声の圧力っていうの? それが急に増して、思わず返事をしてしまった。

 全身の震えが止まらない感じ。俺の体がどうなってるのか判らんけど。

 ひょっとして、これが魂の震えってやつ? 違う?


『ようやく返事して頂けましたね、第三界の方』


 急に元の綺麗な声に戻った声の人。いえ美声の御方。

 返事を強要させられた感が大きいのですが、美声の御方。

 っていうか、この場合は女神様とお呼びすればよろしいでしょうか。

 びくびく。


『あなた方が神と呼ぶ概念とは大分異なるのですが……。まあ、説明も面倒ですので私のことは好きなように呼んでください』


 なんかぶっちゃけた。って言うかぶん投げたな。

 三次元に住んでいる我々には四次元以上のことが理解できないとか、そんな感じのアレなんだろうけど、なんか頭の悪さを指摘された気分だぜ。

 いや、頭悪いけどな。Fラン大卒は伊達じゃないぜ。


 とりあえず、美声の御方は女神様とお呼びしよう。

 どうせ、俺をこの訳わからん世界?に連れてきたのもこの方だろうし。

 人知を超えた存在なら神様っしょ。俺は無宗教だけど。


『さて。あなたは現在、第三界における物質体が消失した状態です。俗に言う死亡というやつですね』


 うん、何かそんな気はしてた。

 最後に食らった衝撃、物凄かったもんな。カミナリの直撃を受けたんじゃね?

 ってことは、ここは天国とか? 真っ白だけど。


『消失に伴い、あなたの魂は霧散・消滅するはずでしたが、訳あって私が繋ぎ止めています』


 あれま。魂が霧散して消滅とか、輪廻転生を信じてる派としては悲しい現実を突きつけられたぞ。

 死んだら何もないとか、俺の厨二魂が納得できないじゃないかっ。

 ちなみに、因果応報とかも大好きな言葉だぞ。


『そう言えば、輪廻転生の概念はそちらにもあるのでしたね。ええ、本来であれば輪廻の輪に留まるはずなのですが……』


 ちょっと言い淀む女神様。

 おっ、なにやら事件の予感?


『第三界では本来発生し得ない事象が発生したのです。それに巻き込まれたあなたは輪廻の輪から外れ、存在そのものが霧散して消失するところでした』


 あら。

 ただのカミナリかと思ったらトンデモ現象だったのか。

 助けて頂いてありがとうございます。

 ついでに、そろそろおうちに帰して頂けると嬉しいっす。

 録画しといたアニメ、いよいよ佳境なんだよね。

 明日は愛読コミックの発売日だし。


『残念ですが、あなたの物理体は既に消失しました。復元させること自体は容易なのですが、これに魂を定着させることはできません』


 あ、うん。ですよねー。死亡って言ってたし。

 がっくりと四つん這いの状態になる俺。

 まあ、体がどうなってるか判らないので気分だけなんだけど。


『まあ、第三界においては、という但し書きがつきますが』


 ん? どういうこと?


『第三界とは異なる世界において、あなたの物理体を復元し、そこに魂を定着させることができます。

 すなわち、新しい世界において生命活動を続けることが可能です。一種の救済措置ですね』


 お? まさかの異世界転生キタコレ?

 真っ白い空間とかでほんのちょっと期待してたのは秘密だけど。


『異世界転生……第三界で人気の空想物語でしたか。元と同等の物理体に魂を定着させますので、異世界転移と表現する方が正しいかと』


 いやっふー! 転生でも転移でもばっち来ーい!

 アニメとか漫画は残念だけど、異世界転移のチートできっとまた見れるはず!

 そういう話が多いからきっと大丈夫だよね!


『はあ……相変わらず、第三界の方々はこういう幸せな思考の方が多いのですね……』


 なにやらブツブツと言っている女神様をよそに、喜びの舞を舞う俺。

 いや、体が無いので気分だけなんだけど。

 今なら、ショーリューケーンのポーズで大気圏突破できそうだぜ。


『ただ、注意してください。今はまだ世界を移動することで輪廻の輪に留まることができますが、転移先の世界で迂闊な行動を取ってしまうと、いよいよもって輪廻の輪から外れてしまうことになります』


 おっと、女神様からの警告だ。

 こういうのは真面目に聞いておかないと、後でひどい目に合うんだよね。

 テンプレ大事。


 ふむ、第一段階として、俺は地球の輪廻転生から外れてしまった、と。

 で、第二段階ではその他の世界でも輪廻転生から外れてしまう可能性がある、と。

 もし外れてしまったらどうなるんですかね?


『魂が永久に消失します。貴方という存在は二度と復元されることはありません』


 んー、ピンと来ないなー。

 普通の輪廻転生でも、死んだら記憶がリセットされちゃうから前世なんて判んないっしょ?

 魂とか存在が消失って言われても、ねえ?


『そうですね。第三界の方に魂消失の概念を理解して頂くのは、少々難しいかもしれません』


 まあ、なんかよく判らんけど、とにかく取り返しが付かない事態ってことなのかな?

 気を付けるに越したことは無い、と。


『随分と軽い認識のようですが、まあ、そのように考えておいてください』

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