第81話 許嫁とのテスト勉強は夫婦感を強める

「莉音くん頑張ってますね」



 テスト前最後の土日。

 お昼まではリビングで結愛と共に勉強をし、夕食とお風呂を終えた後も、勉強道具を残したままのリビングでペンを握っていた。



 テスト間近ということもあり、筋トレはいつもよりも少なめにした。成果が出ているかは自分では分からないが、今更止めるわけにもいかないのできちんと毎日続ける。




「結愛、どうかしたのか?」

「ちょっと飲み物を取りに来ました」



 俺が筋トレをしていたこともあり、結愛は俺よりも先にお風呂に入った。今日も相変わらず隣で見ていたが、俺が声を掛ければ大人しくお風呂場へと向かう。



 その後は自室へと戻ったが、飲み物を取りにまたリビングに足を運んでいた。




「ついでなので莉音くんのも用意しますよ。何が飲みたいですか?」

「アイスコーヒー」

「まだ起きてるつもりなのですか」

「まあな」



 今の時刻は10時少し前という時間なので、まだ取り組める。

 流石にテスト前日は早く寝るが、テストは火曜日から金曜日までの4日間なので、土日は全然遅くまで起きていられる。



 

「勉強のしすぎも良くないですよ。ちゃんと寝て、きちんとした生活習慣の中で取り組んだ方が、着実に実力がついていきますよ」

「結愛が言うと説得力があるな」

「そうでしょう?なので遅くまでやるのは駄目です」

「別に結愛が心配するほど遅くまでやるつもりはない。俺も復習とちょっとの予習ぐらいは毎日してるから、一夜漬けの人よりかは早く寝る」

「それならいいんですけど」




 結愛は話しながらも飲み物を用意して、静かにテーブルの上に置く。

 学年一位からのアドバイスとなれば流石に説得力がありすぎるが、今回ばかりは簡単には頷きたくなかった。



 結愛がお願いを聞いてくれるから、というのもあるが、単純に高成績を残したかった。そして結愛に教えたかった。

 努力して良い順位を取っているのは俺もなのだと。いつも一位を取る結愛に、それを知らせたかった。

 


 ほぼ全てのテストで一位を取る結愛だからこそ、今回も一位を取れる自信は他の人よりはあるだろう。

 なので隣に並べるように、結愛が1人で先頭を走らないように、俺が隣に並びたかった。




「…………莉音くんのことなので、きっと私のために勉強してくれているのでしょうね」



 結愛は俺の胸の奥を覗き込むようにして、顔を緩める。




「何でそう思うんだよ」

「莉音くんが頑張るのは、いつも誰かのためです。だから見ていたら分かります。今回も誰かのために頑張っているのだと」



 人のために頑張る。そんなことを自覚して行動したつもりも記憶も一切ない。

 しかし、結愛が言うのだから結果としては人の役に立っているということなのだろう。



 それを隣で見ていてくれた結愛だから、今回も目的を持って勉強していることを見破ったようだった。




「莉音くんの判断なので、何をするのかは莉音くんに任せますけど、しっかりと休んでくださいよ?今日は午前中も一緒に勉強しましたし」

「分かってる。でも今はキリが悪いからもう少ししたら終わる」

「そうですか」



 結愛は目を細め、納得いっていない様子で声を出した。




「私、もう部屋に戻りますね」

「おう。おやすみ」




 俺の話に納得はしていないものの、結愛は飲み物を飲むという目的を果たしたので、俺に忠告をしてから部屋へと戻って行った。



 まあその後すぐに再びリビングに戻ってきたのだが。耳を澄ませば聞こえるほどの、小さな足音を立てながら。

 



「結愛?まだ何か用でもあったか?」

「いえ、莉音くんが1人で頑張ってるのを見て、私も感化されたというか、一緒に勉強しようかなと」

「結愛もか?」

「はい」



 戻ってきた結愛の手には筆記用具と参考書があり、本当に勉強をする気でリビングへと来ていた。




「1人よりも2人の方が落ち着きますし、莉音くんが寝ないようなら監視出来ます」

「それが目的だろ」

「内緒です」



 結愛のことなので、今リビングに来たのは間違いなく俺が遅くまでは起きていないかを確認するためだろう。



 結愛は俺よりも予習と復習を丁寧に行なっているので、すでに今習っている範囲よりも先の分野まで終わっているはずだ。

 そんな結愛なのだから、テスト前に焦って遅くまで取り組むはずがない。



 十中八九監視することが目的だろうが、俺から口出しは出来なかった。





「…………かなり集中しているようでしたけど、私が来たら迷惑でしたか?」



 結愛は心配そうに表情を固くして、首を傾げながら長い髪を左右に振る。




「そんなはずないだろ。むしろ結愛なら居てくれる方が嬉しい。クラスでの勉強会とかは半分遊びだから嫌だけど」

「それは分かります」



 学年一位の人が隣で勉強してくれるのだから、これ以上ない最高の環境と言えるだろう。それを拒むはずがない。

 その最高の環境を俺は毎日過ごしているのだから、幸せ者なのかもしれない。



 最も、幸せと感じる要因はそれだけではないのだけど。




「隣、失礼しますね?」

「どうぞ」



 丁寧な仕草でソファに腰を下ろす結愛は、テーブルの上に教科書やノートを広げる。




「分からない問題があったらいつでも聞いてください。私も聞くので」

「簡単で便利なシステムだな」

「ですね。莉音くんは理系科目が強いので頼りになります」

「それはお互い様だから」

「そうですか?」

「そうだろ」



 結愛も学年一位とはいえ数問は間違ったり分からない問題もあるようで、ごく稀に俺が教えたりする。

 俺も地頭が特別良いわけではないが、学年順位はそれなりに上位の方なので、難しい問題も解けることもある。



 そんなこともあり、分からない問題があったら聞くという勉強法は、俺だけでなく結愛にも割と助かった。

 そうは言っても、基本的に俺が一方的に聞くことになりそうではある。




「でも、お互いに分からない所や出来ない所を支え合うなんて、凄く良い関係ですね」



 隣に座ったら、とろんとした大きな瞳で俺を見上げる。

 いつものように可愛らしいロングスカートのパジャマを着て清楚感を出しており、至近距離で瞳に映った。




「それじゃ利用してるだけにならないか?」

「ならないですよ。莉音くんは分かってないです。すごく素敵なことなのに……」



 お互いの出来ない所や分からない所を教えるのは勉強をする上では当然のことなので、そこに特別な感情が生じたりはしない。

 結愛もそうするし、俺もそうする。

 


 だから感謝はするが、どうも利害関係での結び付きを強めてしまいそうで、素敵とまでは思わなかった。




「…………素敵、、、そうなのか?」

「そうなのです」



 もう一度確認してみるも、やはり結愛はその関係を素敵だと称しており、いつにも増して表情を緩めていた。




「多分、女の子の憧れですよ」

「なら結愛は叶ったのか?」

「…………私の理想の関係になるには、まだ、、、もう少しです……」



 結愛は上目遣いで俺を見つめて、何かを訴えかけるような、そんな瞳をしていた。



 そこにどんな意図が込められていたのか、言葉を交わさない限りは結愛の胸の中の気持ちは分からない。

 だが、暖かい飲み物を飲んだわけでもないのに、結愛の体は火照っていた。






【あとがき】


・今回の話はかなり夫婦感を演出してみました。

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