第47話 許嫁と一緒に下校

「こんなの1人で代わるとか、白咲さんも良くやるわ」

「…………うるさいです」



 2人きりの教室で結愛の作業を手伝いながらも、あくまで他人のフリをして話をする。




「いくらなんでもお人好しがすぎるだろ」

「…………八幡さんに言われたくないです」

「俺はそこまで優しくない」

「今手伝ってくれているので、私と大差ないです」



 授業内容が書かれた黒板を前にし、黒板消しを手に取った。結愛は俺が来た時にはすでに黒板を消し始めており、腕を伸ばして上部から下部まで、丁寧に消していた。




「上、あんまり届かないんだろ?黒板は俺が消しとくから、白咲さんは他の仕事をやってくれ」

「…………そうさせてもらいます」



 背伸びをして黒板の上に書かれた文字を消す結愛は、手が届きはするのものの、あまり効率が良いとは言えない。

 なのでここは割と高さのある俺が黒板を消して、結愛に別作業をしてもらった方が良いだろう。



 黒板消しを置いた結愛は、後ろにある掃除棚から箒を取り出していた。



 別々に作業をすれば沈黙の空間が生まれて、ただ刻々と時間は過ぎていく。



 黒板消しクリーナーで黒板消しについたチョークの粉を綺麗に落とすためにも、クリーナーの電源をつけた。作りがチープな分、可動音が大きく、2人しかいない教室では、その音がさらに耳に響いた。




「俺は他に何かすることある?」

「黒板消しはちゃんと綺麗にしたんですよね?」

「したぞ」

「それなら後は塵取りを持ってきてくれると助かります。もう少しで教室を軽くですが掃き終わるので」

「了解」



 一応は皆んなで掃除をしたので、日直の仕事で軽く掃く必要はないと思うのだが、それでも放課後には埃が溜まっている所もあった。

 そういうところだけを掃いて、その他の場所は掃く必要はないだろう。




「あれ、八幡さんがしゃがむのですか?」

「女の人を屈ませるわけにはいかないだろ」

「…………紳士なんですね」



 結愛がゴミを1箇所に集めたのを確認すれば、塵取りを手にした俺はそのまましゃがみ込む。

 別にどっちをやっても構わないのだが、今持っているのは塵取りだったし、何よりも女性に屈ませるのは良くないと思ったので、俺が下についた。




「そういうところは八幡さんの良い所だと思います」

「当たり前のことを良い所だと言われても困る」

「いえ、その配慮が出来るのは当たり前ではないと思います」

 


 偉く関心した様子を見せる結愛は、塵取りのゴミを捨てた俺に優しく微笑む。

 女性に屈ませてしまっては、上から緩んだ胸元が見えてしまったりするので、そうならないようにするのは当然のことだと思う。



 結愛は第一ボタンまでしっかりと止めているので、その心配はないだろうけど。




「八幡さん、掃除手伝ってくれてありがとうございました。お陰で早く終わりました」

「俺なんて黒板消してゴミを捨てただけだぞ。ほとんど何もしてないに等しい」

「私が助かったといえば助かったのです。なので感謝の気持ちは受け取ってください」

「…………分かったよ」



 自分には助けとなった自覚がないにしろ、結愛からの感謝を無下にするのはまた違う気がするので、感謝の気持ちを大人しく受け入れる。




「てゆうか、いつの間にかいつもの距離感に戻ってるぞ」

「あ、本当です……」

「誰も見てなくて良かったな」

「はい。良かったです」



 そんな些細なやり取りをしてみれば、冬休みの癖が体に染み付いたのか、結愛は家での距離感に戻っていた。



 廊下や教室に誰かが来た気配もなかったので、おそらく誰にも見られていない。それだけホッと安心しながらも、これ以上は俺の用は無さそうだったので、一足先に教室を出ることにした。




「じゃあ俺は先に帰るわ。一緒に帰ってる所なんて、誰かに見られるわけにはいかないし」

「…………はい」



 置いていた鞄を肩に掛け、まだ施錠のされていない前方のドアへと足を運ぶ。

 結愛の返事には、さっきよりも生気がなかった。




「白咲さん、、…………結愛も帰ってくる時は気をつけて帰れよ」

「気を付けます」



 最後は他人としてではなく、許嫁、、友達として忠告をする。もう別れ際なので、これくらいなら名前呼びでも大したことはないだろう。



 それだけ言い残せば、鍵の空いたドアを通り、階段のある方へと向かった。




「…………あの、ちょっと待ってください!」



 結愛のいる教室に背を向けて、胸にわだかまりを抱きつつも歩いていたら、鍵の施錠音と一緒に後ろからそんな声が聞こえてきて、俺の動きを静止させた。




「どうした?まだ掃除が残ってたのか?」

「いえ、そういうわけではないのですが、、その……」



 その声の持ち主は結愛しかおらず、すぐに俺は止められた原因を探った。

 言葉を詰まらせている結愛は、何かを言い出そうと、あたふたとした様子を見せていた。




「…………今日は、一緒に帰りませんか?」



 次の瞬間、俺の胸にあった小さなわだかまりは、一瞬にして消えた。

 ほんのりと上気した頬に、妖艶な恥じらいのある表情でお願いされたが、俺は何とか首を上下に振らずにぐっと堪えた。



 多分家でこれをされていたら、迷うことなく頷いていただろう。でも今は違う。今は学校で、お互いの関係性は隠している状態だ。



 だからこそ、俺はここで頷ずくわけにはいかなかった。それをしてしまえば、結愛に迷惑がかかると思ったので、何とか耐えることが出来た。



 提案してきたのは結愛なので、別に堪える必要もなかったのかもしれない。




「一緒に帰るって、誰かに見られたらどうするんだ?結愛自身もそれを警戒してただろ」

「それはそうなんですが、、」



 俺が踏み留まった理由を結愛に提示すれば、やはり結愛も言葉を詰まらせた。それは自分自身も理解しているはずなので、返す言葉が浮かんでこないのだろう。



 俺は結愛と帰りたくないわけじゃないし、出来ることなら帰りたいのだが、許嫁のことがバレるのは避けたかった。


 

 それには多分、俺の負の感情も影響している。

 



「…………でも、友達と一緒に帰るというのは、そんなに駄目なことなんでしょうか?」



 今度は結愛が、俺が返答に困る質問をしてきた。




「駄目じゃないけど、俺達は他とは少し特殊だし」



 友達。ただそれだけの関係なら、お互いに気にせず一緒に帰っていただろう。だが、俺と結愛は異性で、許嫁で、しかも同棲までしているのだ。



 許嫁のことまでがバレる可能性は低いかもしれないが、もしもに備えておかねば、何があるか分からない。




「…………そうですよね。もう気にしないでください。言ってみただけですので、、」



 俺が頑なに頷かなければ、結愛は前のような、哀愁漂う雰囲気を纏っていた。その姿を瞳に映せば、胸にズキンと痛みが走った。




「あーもう!仕方ないな!!」

「莉音くん……?」



 俺は頭を掻いてそう声を出し、何もかも吹っ切れたようにして結愛のことを見つめた。




「今日は暗いし、か弱い女の子を1人放っておけない。だから俺が家まで送ってやる。それなら不審者が来た時でも守ってあげられるからな」



 そんな遠回りの返事をしたら、結愛は可笑しそうに口元を緩ませていた。あくまで見送るのが前提、そんな誘いに。




「ふふ。そうですね」



 つい声にまで出した結愛は、そっと手を伸ばす。




「1人では暗い道を帰るには心細いので、家まで送ってください」

「そうするよ」



 伸ばした結愛の手を取り、目線を結愛のいる方向とは逆の向きに逸らす。




「…………どんな茶番だよ」

「私は嫌いじゃなかったです」



 今は他人としてではなく、許嫁兼友達として、結愛と共に廊下を歩く。




「帰りましょう?」

「だな」



 その距離が家での距離よりも近いだなんて、当事者達が気づくはずもなかった。









【あとがき】


・莉音くんが筆箱を取りに帰っていない事に気づくのは、まだ少し先のこと……。



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