第42話 許嫁という関係が友達にバレた。
「ようやく順番回ってきたな」
「ですね」
ここに来るまでに様々なことがあり、やっとのことで拝礼の順番は回ってくる。賽銭箱と鐘が目の前に来る頃にはお互いの熱も冷めてきて、普段通りの距離に戻っていた。
「はいお金」
「ありがとうございます」
先に財布を取り出していた俺は、賽銭用のお金を用意して結愛にも渡す。指先が触れた結愛の手は、俺の手が熱かったのか冷たかった。
「二礼二拍手一礼だぞ?」
「それくらい知ってます」
「なら他の人も待ってるし、さっさとやるか」
「やりましょう」
結愛も下調べをしていたようで、行ったことがないのに拝礼作法は知っているようだった。
説明するつもりだったが、きちんと認識しているなら話は早い。
後ろの人達のためにも、手に持ったお金を賽銭箱に入れて鈴紐を手に取り、鈴を鳴らした。
もう聞き飽きた音が耳を通り、頭を2度下げた後にパンパンと手を叩く。最後にもう一度頭を下げたら、拝礼は終わった。
(平穏な生活が続きますように……)
瞳を閉じてそう願いつつも、結愛も同じタイミングで目を開けたので、そのまま抜けるように次の人へと順番を譲った。
「結愛は何か願ったか?」
「はい。願いましたよ」
拝礼の後はそんな会話をするのがとても和む。
特別気になるわけではないが、興味がゼロかと聞かれると嘘になるので、新年らしさを匂わすためにもやり取りを続ける。
「莉音くんも願ったのですか?」
「一応」
「…………そうなんですね」
俺が聞いたからか、結愛は興味ありそうな面をして尋ねてくる。
一緒に来たのに相手に全くの興味がないわけがなく、多少は気になりはしているようだった。
その割には結愛はどこかソワソワしているような気もするが。
「…………莉音くん、私が何て願ったか分かりますか?」
「分からないし聞かない。聞いたら叶わなくなるらしいし」
結愛は俺に何を願ったのか聞いて欲しかったのか、そっと袖を掴んで俺の動きを止めてくる。
わざわざ特定させようとしてくるということは、俺に当てて欲しいこと、もしくは俺のように今後も一緒に過ごそうとか、そういう願いなのかもしれない。
それにしては随分と初々しいオーラが漂っていた。
「え、それなら聞かないでください。私も聞かないので」
「そうするし、そうしてくれ」
「絶対ですよ?」
「…………分かった」
瞳を大きく開き、「そうなのですか?」と驚いた顔をした結愛は、今度は聞かないでと釘を刺してくる。
(何を願ったんだ……?)
こうも隠そうとすると、興味は胸の内から噴き出しそうになるくらいくらいに沸いてきて、思考の大半を覆う。
それは一気に叶えたい願いだということを俺に植えつけた。
結愛が聞かないでというので聞きはしないが、余計な事を言わなければと少し後悔した。
「…………っくち、」
隣からはそんな声が聞こえてきて、そういえば結愛は着物しか着ていなかったのだと気付かされる。
チラッと顔を向けて見れば、鼻先をツンと赤くした結愛が寒そうに震えていた。
「寒いのか?」
「少し………でも肌寒いくらいですよ?」
今日は元々着物を着る予定なんてなかったので、中はそこまで防寒していないのだろう。
結愛はここに来る時はそれなりに暖を取りやすそうなアウターを着ていたので、インナーはそこまで着込んでないように思える。
着物もそれなりに厚手とはいえ、まだ一月上旬の寒さに対応出来るはずもない。
もう少しインナーに着込んでくれば暖を取れそうなのだが、今回ばかりは急だったので仕方ない。
それにしては寒さを感じるのが遅いような気もするが、着物への憧れでテンションが上がり、それで寒さをも忘れていたのだと考えると、心が純粋すぎて可愛らしい。
ようやく着物へのテンションが落ち着いた所で俺が抱き寄せてしまったので、それを含めて今にどっと体温の低下を実感しているのだろう。
「これでも着て」
「受け取れないですよ。莉音くんが風邪引いちゃいます」
「たまには格好つけさせてくれよ」
「ゔっ……。そういうなら……」
俺は着ていたダウンジャケットを脱いで、結愛に渡す。まあ格好もクソもない渡し方だが、結愛に風邪を引かれるよりは全然良い。
折角の結愛の着物が台無しになるが、せめて甘酒を飲んで体が温まるまでは着ていて欲しい。それにさっきからチラチラと結愛が視線を集めているので、その視線防止のためにも致し方ない。
いつもならその視線を警戒している結愛だが、今はそれを気にするわけがない。
結愛の着物姿を独占したいとかそういうのではなく、気が緩んだ結愛のためにも、俺が泥をかぶるのだ。
「俺のだから、サイズがデカいな」
「ブカブカです。着たら凄いことになってました」
渡したアウターを着物の上から袖を通さずに乗せるようにし、外側からの暖を与える。本当は袖を通した方が温まるのだが、着物の作り上、通すのは無理だ。
男子の平均よりも上背のある俺の服を、女子の平均以下の小柄な結愛が着るのだから、それは見るまでもなくブカブカになるのが分かる。
だがそれが逆にさらなるあどけなさを演出していて、逆に視線を集めそうだった。
「…………俺がもし風邪引いたらまた看病してくれよ」
自分の勝手な考えでジャケットを着せて、挙句の果てには看病をしてもらおうなんて、少々身勝手が過ぎるかもしれない。
でも結愛は怒ったりはせず、むしろ優しく微笑んでいた。
「優しいわがままですね」
「悪かったな」
「いえ。莉音くんらしくて良いと思います」
着物にダウンジャケットを乗せても特に気にした様子もなく、着物を始めて着た時と同様に、キラキラとした目を維持していた。
そしてその無垢な瞳を俺へと向け、首をこてんと傾げる。
「私が風邪引いた時にも、看病してくれますか?」
これだから美少女というのはずるい。いや女の子という生き物はずるい。丸くて純な瞳を浮かべて見つめられては、頷く他に行動が出来ない。
「当たり前だろ。見て見ぬフリは出来ない………そもそも看病をしないなんて選択肢ないから、」
「そうですか……。良かったです。これで遠慮なく風邪を引けます」
「言っとくけど引かないのが一番だからな」
「頭の片隅に浮かべておきます」
よく考えたら、結愛はこれまでにただの一度も風邪を引いていない。体調を崩してすらいないので、生まれつきの免疫が高いのかもしれない。
もしかしたら気丈に振る舞って俺に感じ取らせていないだけなのかもしれないが、それでも高熱になったりはしていなかった。
まあ遠慮はしないと言ったので、精神面で強く風邪を引かないという意識は消えただろう。
「じゃあ、そこら辺回るか」
「回ります」
何にせよ、今からは甘酒を買いに行ったり、おみくじをしたりと、初詣と神社を楽しむつもりだ。
楽しむ。そう実感しているのにも関わらず、今この時は自分の中の負の感情が押し寄せてはこなかった。
「あれ?莉音?」
「修馬…………?」
結愛が俺の手を握り、探索しようと足を踏み出せば、懐かしい声が後ろから聞こえてきた。
俺の数少ない友人の一人である、修馬の声が。
【あとがき】
・さてさて結愛ちゃんは何を願ったんですかねぇ?
失礼は承知ですが、きちんとした拝礼の作法が分からないので、細かな点は見逃しください。
この後、2人は普通に甘酒を飲んだり着物姿でその辺を散歩したりしたのですが、その話はまた後日に番外編的な形で書きます。その方がストーリー的に次話への繋ぎが良さそうなので!
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