じゃあまたね!

「じゃあまたね!」


 そう言うと、彼女は背を向けて歩き出した。

 僕はその小さな背中を黙って見ているだけだった。何故だか「またね」の一言が出てこなかった。

 そんな僕の意気地のない存在をかき消してしまうかのように、遮断機が大きな音をたてながら眼前で降り始める。

 彼女と僕の間には、何千万キロという気の遠くなるような距離が広がっていくようだった。

 明日もまたいつもの教室で会える。そしていつものように、「おはよう! 宿題みせて!」と近づいてくる彼女の八重歯のある笑顔に会える……はずだった。


 人生では、何でもない日常が幸せだったと気づいたときは遅すぎるのだ。日々、小さな幸せに感謝を捧げて生きることを忘れてはいけない。僕は17歳にしてそのことを思い知らされた。


 下を向いて歩いていたら誰かが落とした十円玉を拾うかもしれないが、それよりも大きな何かを失くしてしまうかもしれない。

 だから、いつまでもしていてはいけないんだ。


 遮断機が大きな音をたてながら僕の眼前で降り始める。僕は大きな声で言った。


「じゃあまたね! また明日!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る