何もない、漂流、そして……
一体どれくらい時間が経っただろうか。男は全く想像することができないでいた……。
ただ無数の星たちに囲まれながら、男はただ暗闇の中を漂っていたのだ。
「本当はさ、そんなに時間は経っていないのかもしれない。ほんの一時間くらいだったりして……」
昔からの癖で、彼は周りに人がいないことをいいことに独り言を始める。
「いや、実際はさ、逆に何十時間、いや、何日も経っているのかも……」
眼前の深い闇を見てると、彼は自分の存在を認識することすら忘れそうになる。闇が深すぎるのだろう。
過去の記憶と共に、何処かで聞いたことのある懐かしい旋律が彼の頭の中で再生されていく。
——寒い冬に凍える私の手を優しく包んでくれた母親の手の温もり……。
——普段は殆ど何も語らない父親が初めて笑った瞬間……。
——いつもお腹を空かせていた近所の白い犬……。
——学校帰りに友達と買い食いして、そのまま夜暗くなるまで一緒に遊んでいた夏の日の想い出……。
「かなり昔のことを思い出しはじめている。つまりは、これでオレの人生は終わるってことかい?」
男は冷静を装って言った自分のその台詞に戸惑う。
誰かに問いかけたその言葉は、ただただ漆黒の闇へと吸い込まれていく。
「そろそろ助けが来てくれてもいい頃だと思うけどな……」
今度は自分を勇気づけるような口調で言ってみる。
「おーい! おーい! 誰かいませんかーー!!」
否が応でも広大な宇宙の真ん中で叫んでいる自分を意識してしまって、男の声は自然と縮こまった音量になってしまう。
時間は確かに流れていた。そして宇宙服に包まれた男の身体も、無重力の中をゆっくりと流されていた。
思い出す想い出が底をついてきた頃、男には冷静を装うことが難しくなってきていた。
「まだ、助けも、終わりも来ないのかよぉぉぉぉおおお!!!!」
男の心からの怒り、魂の絶叫さえも、宇宙はかき消すことなくただ飲み込んでしまうのだった。
更なる時間が流れていった。
男から焦りや怒りは消え、酸素の残量すら気にならなくなっていた。
そのとき、それ程遠くはないところで、閃光が走った。
男は巡回船かと期待したが、すぐにその期待は裏切られた。
閃光は爆光となり、何度も光った。
「……ま、まさか、戦闘? ここはまだ中立宙域のはずだが……」
男は思わず息を飲む。
閃光の中、見覚えのある接近戦用兵器のシルエットが次第に浮かび上がってきた。
「あれは、帝国軍の機体に似ているようだがが……」
そう言うと、男は自分の台詞に驚いて息を飲み込んだ。
「……き、記憶が、書き換えられていく!?」
――一瞬、時間も呼吸することを停止する。
「こ、これは俺の知っている世界じゃない……しかし、何故……」
無意識に男は背中に装備されていた緊急用スラスターを起動させる。そして、閃光の方へと身体を泳がせていった。
「人は、人生を選ぶことが、創ることができる……まるで小説を書くように自由に……」
新しい発想、希望の感情が湧いてきた。
「母さんや仲間を殺した帝国軍を、絶対に許すわけにはいかない!! しかし!!」
それとともに怒りの感情も湧き上がってくる。しかし、男は至って冷静に怒りの感情を処理しはじめる。
男は目を閉じて呼吸だけに意識する。まるで呼吸だけが存在しているかのように。
目を閉じるとそこは闇。目を開ければそこには現実が拡がっていた。
スラスターはゆっくりと閃光の方へと男を運んでいく。
戦闘宙域から少し離れたところにコクピット部分が大きく開かれた機体が漂っていた。男はそれに向けて腕部に装着されているワイヤーロープを発射させる。
「冷静さを保たなきゃいけない。エゴに支配されてはいけない」
そう呟きながら、慣れた動きで男はコクピット内へ身体を滑り込ませる。
「戦争へ駆り立てられているわけじゃない! 今できることをやるだけさ! ただ漂流しているよりはずっと価値のある行為だろう」
男は吐き捨てるようにそう言うと、接近戦用兵器を起動させ閃光の方へと消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます