第25話 海鮮
松平の計らいもあり、宇宙エレベータに向かうこととなった。
もともとAnDは宇宙用の戦闘機だ。
だがその前に腹ごしらえのついでに松平が地球を案内してくれると言う。
正確にはサンパウロと言ったか。宇宙暮らしの俺にとってはどっちも一緒だが。
しかし、綺麗な海だ。ここいっぱいに水たまり、それも塩水があるなんて、誰が想像しただろうか。
「ほら。こっちだ」
松平がぽつりと零すと、俺は後ろ髪を引かれる思いで、海から離れていった。
母なる海、母なる大地。
俺はその母を見て感動したのかもしれない。地球軍財団本部がここにあるのもうなずける。
一歩も触れたことがない、宇宙公益法人が知らずに攻撃を行うのも無理はないのかもしれない。
宇宙にはゼロから始まる新しい秩序が必要とも言われていたが、この地球は昔ながらの秩序が存在している。それは古き良き伝統とも言えよう。
人生の先輩である地球が、我が子を忌み嫌っているのは何故か?
新しいものと古きもの。
なぜわかり合えないのか。
この戦争の意義とは……。
「難しい顔をしているな」
松平が苦い顔で言葉を紡ぐと、俺は顔を上げる。
「すみません。考え事をしていました」
「まあ、そういう気持ち分かるよ。地球はこんなに広いのに、なんで宇宙ででなきゃいけなかったのか……ってな」
松平も経験者なのか、深く頷く。哲学的なことを思うのは俺だけじゃないらしい。
食事処らしきところに着くと、俺は顔を歪める。
ぼろ屋というのが的確な表現だろう。表向きには看板が一枚、【ひらの】と記載されているだけだ。角には蜘蛛の巣が張っている。
メニューも少なく、海鮮丼が上中下と、カツ丼、カレーがあるのみ。
「好きなものを頼んでくれ」
そう言って松平は一番高い海鮮丼の上を頼む。
こちらに気を遣わせまいという配慮なのか。ともあれ、俺もいつまでもためらっているわけにもいかない。
「じゃあ、俺も海鮮丼下で」
「おいおい。そこは上にしろよ。アワビがついてくるんだぞ?」
松平は注文を変えてしまうと、ホクホク顔で消毒用タオルで手を拭く。
「しかし、内藤くんは自分の思っていることが、表にでないタイプなんだね」
松平はサービスの水をあおる。
「それにしてもブラジルで日本食が食べられるとは思わなかったです。ましてや生魚など」
それに生食用の魚など初めてだ。宇宙では冷凍された魚が運び込まれるだけで、コロニー内では養殖は不可能だったのだ。
運ばれてきた海鮮丼上二つ。
「そうか。コロニー暮らしだと魚は貴重か。でもうまいぞー」
「はい。頂きます」
この緑色のものはなんだろう? 何かの魚のすり身か?
箸をすすめる。
「ん? ま、待て! それは――」
松平が言い終える前に俺はその緑色を口に含む。
もだえるようなつんとくる辛さに、涙が出てきた。
なんだ。これ。
「わさびを知らなかったか……」
松平は残念そうにポツリと呟き、水を渡す。
俺は急いで水で流し込む……が意外と嫌いじゃない味かもしれない。
しかしこの値段でこの量、コロニーではありえない話だ。
百万円もする海鮮丼がたったの二千円くらいときた。
赤い切り身を口に運ぶ。
どうやらこれがマグロという奴らしい。ねっとりとしていて旨みたっぷり。
次にオレンジ色のサーモンこれもうまい。
ホタテと呼ばれる貝類の甘みもすごい。甘エビも負けていないくらい甘い。
「うまい」
一言添えると、松平がニカッと笑いを浮かべている。
「そうだろ? これが絶品でなくてなんという」
問題のアワビに手を伸ばす。
コリコリとした食感に心奪われる。
これもうまい。
海鮮丼がうまいことは分かった。
「さて腹も膨れたところで、町の案内でもするか?」
そう気になる点がいくつもあるのだ。
「お願いする」
俺はこの世界を知るべきなのかもしれない。
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