第5話 人間

『ちっ。内藤に負けるとはな』

 粗暴な物言いに俺は甚だ疑問に思う。

「俺は火月に負けたんだぞ?」

『違うな。てめーの方が一秒早かった』

 難癖を付けられるのは我慢ならない。俺は負けたのだ。

「いいや火月の方が早かった」

『てめーの方がはえーだろ!』

 苛立ちを露わにする火月。

 なんでそこまで意地になっているのか、分からずに反論をしてしまう。

『お前らその辺にしておけ。ブリーフィングで決着がつく』

『は。ようやくてめーとの一騎打ちができたってのに』

 熊野が理知的にたしなめると、火月が好戦的な態度で続ける。

『今度は負けねーからな』

「構わない」

 俺は淡々と告げると、機体を輸送艦に戻す。

 整備班の玄覺が俺のスワローにとりつくと、ぐちぐちと文句を言う。

「おいおい。各駆動系が悲鳴を上げているじゃないか。演習で壊すつもりか!」

 苛立ちを露わにし、スワローを完璧な状態に仕上げようとする玄覺。

 パイロットの俺からすれば、整備班はありがたい。だが、文句を言われると内心傷つく。

 俺の手足のように扱っていたAnDがそんなにももろいなんて。

 ブリーフィングルームに入ると、今回の作戦の概要を語り始める熊野。

 定石である挟撃に対する一つの答えを見つけた――が、それは蛮勇であると告げられる。

 陽動作戦でもあるのだから、陽動で返すべきとも言われた。

 つまりは愛と熊野、それぞれにティアラと神住をぶつけるべきだったと。

 だが、それではあのフォーメーションを解かねばならなかった。

 いくつかの陣形や攻撃パターンを精査し、どれが一番良かったのか、それぞれ意見を出し合い、今回のブリーフィングは終わった。

 ライトを消し、休憩室に向かうと、火月が肩を叩く。

「てめーと互角とはな。今度は負けねーぞ」

 目をギラギラと輝かせてそう言い、乱暴に前に進む火月。

「あちゃー。怒らせたね」

 後ろから笑みを浮かべて近寄ってくるティアラ。

「でも、しかたないか。同時に着弾していたなんてね」

 あの砲撃はコンマゼロゼロまで狂いがなかった。

 とはいえ、二人とも落とされたことになるから、この作戦はなしになった。

 熊野に言わせると、犠牲を出しての勝利など恥ずべきとのこと。

 だから俺と火月はやり方を変えるべきなのだろう。

 俺も他の案を出せば良かったか。しかし、どれも自身を犠牲にするもの。あの場ではとても言えたものではなかった。

「また深刻な顔して。何を考えていたの?」

 ティアラが俺の顔を持ちこっちに向けると、顔をほころばせる。

「いや、俺は……」

 作戦をいくつか上げ、考察してもらう。

「それって自分を犠牲にして得る勝利でしょ? ダメだよ。一機も欠かさずに帰るのがわたしたちの役目なんだから」

「そうか。そうだな」

 正論を振りかざすティアラに、目をパチパチさせて上ずった声で応じる俺。

「近い……」

 距離がぐっと近かったのだ。顔を上げてしまえば、ぶつかり合いそうな距離だ。

「ご、ごめん!」

 謝ってくれるティアラにふっと笑みがこぼれる。

「もう!」

 そう言って頬を膨らませるティアラ。

 それがなんだか可笑しくってティアラは笑い出す。

「ほら。少しは笑いなさいな」

 ティアラに言われて、自分が笑っていないことに気づく。

 俺は人として未完成なのかもしれない。

 そう言った意味ではティアラの方がよほど人間らしい。

 俺も人間になれるかな?

「こら。ティアラ。少しは内藤君を休ませなさい」

 神住がお姉さんのように優しく見守っていることが多い。なぜだろうか。

 二人が去っていたあと、一人でメロンパンをかじりながら、AnDの教本を読みふける。

 真面目が取り柄の俺だ。これくらいしかしてあげられることはない。

 あいつらには負けたくない。

 俺は一人でも戦う。

 最後の最後まであらがう。

 俺は一人でいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る