第67話

 シルフィさんがご乱心である。

 このままでは魔王たちに向かって「駆逐してやる……!」などと言いかねない。

 まずい。ゲロマジまずい。

 対外的にご主人様なのよね俺。なので彼女の失礼な言動はぜーんぶ俺の責任。

 

 当の本人は【暴食】を司る魔王、白虎ギャルちゃんにビリビリさせられているだけなのに。制止したくても麻痺って動けないんだよね。なにこれ。唇一つ動かせないんですけど。

 

 というか、なにこの無様な状況。

 チミら、当たり前のように魔法発動してるけど、こっちは8MBなんやわ。

【再生】しか発動できひんのやわ。主人公が色んな意味でブルってる間に勝手に話進めんといてくれる?


 おるで。俺おるで? みんな忘れんといてや?


 ブルブルブルブルブル(あっ、こら白虎ギャルちゃん! 電流強したらあかん! ダメ! 剥いちゃう! 白目剥いちゃう!)


 シルフィママが絶対の権力者なのに。それが実態なのに。

 彼女の失礼な言動は俺の責任になるという現実。理不尽すぎる!

 お願いですから口を閉じてください。


 とはいえ、アレンチャンネル登録者なら視聴のとおり、シルフィがこの魔王会議に賭けていたことは理解していることだろう。


 魔王とは勇者最大の強敵として描かれるわけで。すなわち悪の頭領ドン。陰の象徴である。

 シルフィさんは「私の価値は一目見れば分かる」のようなことを宣っていた。

 にもかかわらず、会議はひたすら俺が罵られるだけ。火傷しそうになり、凍結させられて、麻痺させられる。


 こんなんもうイジメやで? 数の暴力やで? 寄ってたかって弱い者虐めて楽しいか? チミら楽しいか? 

 俺は辛いよ! 悲しいよ! 帰って食っちゃ寝ボティタッチリバーシしたいよ!


 俺がいかに無能な人間かで紛糾しているため、シルフィがブチ切れていた。

 いつまでかませを弄ってんだ、と。さっさと私に注目しやがれと痺れを切らした様子。


 自分のターンが来ないことがよほど我慢ならない様子。こんなに悔しそうなシルフィさんを見たことがない。

 なんだろうこの熱量の差は。正直【怠惰】を襲名しようがしまいが、どちらでもいいんですよねアレンさんは。


 なのに見てよシルフィさんを! 頬を紅潮させ、目が据わっている。肩を震わせております。

 誰がどう見ても屈辱を覚えている光景ですよ! 

 もしかして魔王たちが見つけた新しいおもちゃ——アレンさんでばかり遊んで見向きもされないなんて予想外だったのかもしれない。


 おもちゃが想定以上のピエロだったのかもしれない。だからわざわざ机を叩き、怒ってますよアピールし、注目させたのかな?


 ……いや、ええんや。シルフィの好きなようにしたらええ。最近わかったんや。俺主人公ちゃう。脇役や。おもちゃや。シルフィを楽しませるおもちゃや。


 飽きるまで存分にお遊び。俺もおこぼれもらってるし。みんなとボティタッチリバーシさせてもらってるし。最近じゃボティタッチ介護までしてもらってるし。

 これ以上望んだらバチが当たるってもんや。


 ただな……この場で火傷して、凍結して、麻痺してんの俺だけなんやわ。

 対外的にはご主人様なのよ。普通、耐性を付与エンチャントせえへん?

 その証拠にほら、シルフィ、チミ全然効いてへんやん。なにそれ。【木】は【雷】に耐性あるとか? 落雷したら燃えてしまうから効果抜群とちゃうの? 

 そういや急激に気温上昇したときも涼しそうな顔してなかった? まさか【風】を操作してたとか? ご主人様が「熱! 熱ちゅ!」思てるのに? 

 唇も凍結してたんやで?

 現在も絶賛マヒってるんやで? おもちゃは大切に扱わなあかんよ。

 アレンさんは長く遊べるタイプやから。捨てんといてや。


「アん?」


【強欲】の魔王、赤龍さんが俺を睨め付けてきます。

 なぜだ? なぜ俺が睨まれる? こっちは睨み返したくても白目になっているというのに。

 唇がブルブルしていて文句も言えません。ただね、進撃したのはシルフィさんなんですよ。


「おいおい人間。奴隷の躾までなってねえじゃねえのかよ。いや、そうか。お前エンシェント・エルフだな? ぷっ、あははは! そうかそうか! ただの人間には持て余す希少種じゃねえか! もしかして奴隷にご主人様の方が使われてたりしてな? あははは!」


 とバカ笑いする赤龍さん。彼女を皮切りに九尾を除く魔王さんが笑う。

「赦しておくんなんしアレン。あっちはただ……」

 その光景に思うところがあるのであろう【色欲】の魔王。心なしか立派な狐耳が垂れているようにも見える。


 気にすることはありませんよ。おかげでこうして密着できているわけですし、役得でござりんす。

 だいたい赤龍さんの言ったことは何一つ間違ってませんし。

 吾輩、シルフィさんに養われている身ですので。こうして今もただブルってることしかできませんので。

 あの九尾さん……? できればこの金色の紫電なんとかしてもらえませんか? よく見たら俺だけ感電してないこれ?


「これ以上アレンを愚弄するなら——容赦を加えないわ」

 とシルフィさん。

 表面的には俺がバカにされたことで怒りを示しているように見える。

 

 しかし言葉通りに取ってはいけない。意訳しなければいけません。

 今回は簡単ですね。アレンをシルフィ(私)に置き換えればいいだけです。

「これ以上私を愚弄するなら——容赦を加えないわ」


 珍しくやる気です。あのシルフィさんが殺る気ですよ諸君。俺としてはヤる気希望ですが。


「俺様とやろうってのか? 面白え。好戦的や奴は好きだぜ」


 あかん。まずい。バチバチだ。バチバチである。両者一歩を引かない。まさしく魔王会議に相応しい雰囲気。

 火薬の匂いが充満したヒリヒリするやつだ。アレンさんは絶賛ピリピリ中。あの白虎ギャルちゃん。そろそろ紫電を止めていただけるとありがたいのですが。

 このままじゃ変な癖が芽生えてしまいそうなんですが。責任、取ってもらいますよ?


「ふふっ。見た目通り。なんでも武力で解決なのね。もしかして戦闘バカなのかしら」

 シルフィの挑発が的を得ていたのか。他の魔王さんも再び笑みを漏らしていた。

 どうやら魔王も全員が仲良し子よしというわけではない様子。


 一方、赤龍さん額に血管が浮かび上がる。

 マジで爆発する五秒前。

 俺はここへ会議に来たのであって戦争をしに来たわけじゃない。

 事件は会議室で起こってるんだ! シルフィさんのマウス、封鎖できません!

 

「あアん?」

 諸君、聴こえるか。どうして現場で血が流れるんだ? 唇を噛んだ赤龍さんから真紅の血が滴り落ちています。


「アレンは戦争や飢餓、種族差別。極めて非生産のそれらをこの世から無くす男よ。決して武力で訴えないわ。彼の真価は外見じゃないの。ここ」

 シルフィは自分の頭を人差し指で示す。

 こちらも気合い十分だ。貴女の頭には入ってないでしょうけど、私には脳みそが詰まってるの、とでも言いたげな挑発である。


 ……シルフィさん。主人公するのは全然構わないんですけど、アレンさんを巻き込むのはやめていただきたい!

 なんかその言い草だと俺が頭脳キャラみたいじゃないですかー。やだーもう。俺なんてただの変態紳士なのに! 

 おっぱい揉みたいだけなのに! おパンちゅみたいだけなのに!

 同情するならエッチしてくれよ!


 いつ大爆発が起きても不思議じゃない現場だ。

 にもかかわらず、シルフィが超特大の爆弾を投下した。

 アレンチャンネル24話のことを覚えているだろうか。俺はIR——統合型リゾートのことを何気なく語ってしまった。


「統合型リゾート——IRを体験してみたくないのかしら?」


 あっ、それキミが言うんだ。せめてその構想ぐらい俺が言うと思ってた。

 話が勝手に進みすぎ。シルフィさんここでいよいよ交渉テクニックが炸裂します。

 お菓子やスイーツ、新たな主食である米、日本酒、魔物の肉料理、調味料、温泉、衣服、衣類、ペニシリンなど……。

 流暢にこれまでのアレンが頭トントンしてきたものを語り始ます。

 思わず俺でさえも聞き入ってしまう話術がそこにはありました。流石シルフィさん。


 この場に成果品を持ち込まなかったのは、それが実在するなら殺してしまうのは勿体無い——そう思わせて生かすためだったんですね。

 さらに、あくまでここにいるブルブルアレンがそれを実現できる者として主張することで万が一、期待を裏切った場合は「アレン腹を切ってお詫びいたします」と。

 しかも俺も死にたくないので必死に現代知識を吐き出し、統合型リゾートの実現に精を出すことになるでしょう。夜の方なら大歓迎なのに。


 つまり、シルフィはアレンを生かし、金になる現代知識を引き出し、食っちゃ寝ヒモ男を過労死寸前までこき使い、統合型リゾートを実現させようという腹づもりなのだ。


 全て計算通り。やはり彼女こそ新世界の神に相応しい。

 シルフィの恐ろしいところはIRの完成も見据えている点だ。ここで啖呵を切ったことで魔王全員に凄まじいインパクトを残すことだろう。引く手あまたである。

 魔王たちから一目置かれることで転職先やビジネスパートナーに困ることもないだろう。

 なにより人間の欲望を吸い上げる魔王が統合型リゾートに沼れば、落ちるお金も桁違いになることだろう。


 おっ、恐るべし……!!!!!!

 さすがIQ287。陰の黒幕シルフィの頭脳はエグい。


「「「「「統合型リゾート?」」」」」


 しゅごい……! シルフィさんが巧みな話術で魔王たちの心をがっしり鷲掴みしましたよ。

【強欲】赤龍さんは物珍しさ、未だ見ぬものへの尽きぬ興味関心から、【暴食】白虎ギャルはその食欲から、【嫉妬】氷狼さんは羨ましさから、【傲慢】真祖さんは実現できるわけがない、という見下しから、無視できない様子。各々が司る欲望を見事に刺激、利用された状態である。


 シルフィさん……貴女、魔王にまで神算鬼謀を発揮しますか。


「面白そうじゃねえか」

 ぺろりと赤龍。舌なめずり。


「最弱枠だが魔王の一席だ。つまんねえ野郎だと俺様たちまでバカにされる。とはいえ、いつまでも空席にしておくのもアレだ。こういうのはどうだ? 今回は九尾に免じて【怠惰】の魔王に仮認定。正式に認めるかどうかは俺様たちを招聘し、もてなす。その是非により審査する。これなら文句ねえだろ?」


 はい、いよいよ猶予を引きずり出しました。『遊郭編』のときもそうだったけど、勝手に物語が進んでおります。

 前回は爆睡・寝坊、今回は麻痺・静観。一体なにがどうなっているんだ……!

 

 一方、

 ——ブルブルブルブルブルブル(紫電が全集中! 口を開けません! アレンは からだが しびれて うごけない! なぜ俺だけ⁉︎)


「面白い」「上等」「賛成」「ふんっ」と魔王さんたちが解散していきます!

 えっ、嘘やろ⁉︎ 吾輩、一言もしゃべってない! 


「やってやろうじゃない」

「帰って早速計画を練りましょうアレン!」


 完全にやる気スイッチオンですねシルフィさん。


 ☆


 修道院へ帰る途中のことです。

 風に乗って頭が冷えてきたのでしょう。シルフィさんが突然、涙を流し始めました。

 情緒が不安定すぎる……!

 なんて一瞬思ったアレンさんですが、女の子の涙は絶対消したいマンなので、頭を切り替えます。

 なんだかんだ不死身の俺と違って命が一つしかないシルフィさんはそれはそれは気を張っていたことでしょう。

 ようやく生きた心地がしたのかもしれません。魔王会議、すごい緊張感でしたしね。

 帰途で気持ちが緩んでしまっても仕方がありません。

 普段はヒモ生活を送るダメ男ですが、こういうときだけは慰めてあげられる男でありたいと思います。


「……っ、ごめん……なっ……ぐすっ、さい。わたし、くや、じくて……バカ、にされているのが……がま、ん、できなぐで……!」


 なるほど。初めての屈辱・挫折だったわけですね。普段のシルフィさんバリバリのキャリアウーマンですもんね。失敗しませんもんんね。

 なのに会議の前半、隣にいるおもちゃのせいで無視されたら、そりゃ悔しいですよ。わかります。わかりますとも。心中お察しします。


 俺はシルフィのライトグリーンの髪をやさしく撫でます。こんなときぐらいしか撫でれませんからね。女の子は撫でたら惚れると聞いたことがあります。どうでしょうシルフィさん。変態ドスケベに惚れてもええねんで。


「俺は全然いいけど、シルフィやみんなの目が曇っていないことを証明しなくちゃね」

「アレン……!」


 場違いだから口には出さないけど、大事なことだから胸中でもう一度言うね。

 変態ドスケベに惚れてもええねんで。


 ☆


【シルフィ】


 アレンが愚弄されて堪忍袋の緒が切れてしまった私は魔王会議で我を見失っていた。

 帰途。

 風に乗って頭が冷えた私は我に返ったわ。

 結果的にアレンに迷惑をかけているじゃない……!

 ふと、視線を向けると平然とした横顔がそこにあった。緊張の糸が切れてしまったのでしょうね。女の涙は卑怯だとわかっていても気持ちを抑えることができなくなっていたわ。


「……っ、ごめん……なっ……ぐすっ、さい。わたし、くや、じくて……バカ、にされているのが……がま、ん、できなぐで……!」


 卑怯者! 私はなんていやらしい女なのかしら! こう言えばきっとアレンは赦してくれる。そういう下心が全くないと言えば嘘になるわ。


 なのに彼は——私の愛しいご主人様は優しく髪を撫でてくれる。まるでよく頑張ったね、俺の代わりに気持ちをぶつけてくれて嬉しかったよ、とでも言いたげな笑み。


「俺は全然いいけど、シルフィやみんなの目が曇っていないことを証明しなくちゃね」


 ……大好き。愛しているわアレン。

 ええ。ええそうよね。アレンが魔王にふさわしい男だってことを証明しないといけないもの。こんなところで落ち込んでいる暇なんてないわ。


「あっ、そうそう。実は要らないって言われてたんだけど、こっそりキャラメル持って来てたんだ。お腹空いたし、舐めながら帰ろうか。ねっ? 持って来て良かったでしょ?」

 

 その日食べたキャラメルは私の人生で最も美味しくて。

 甘くて。

 一生忘れられない思い出になった。

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