56.卒業式の朝

 そして、卒業式の朝──。


 入学した時から通った道を、いつも通りに歩いて。

 途中で出会った友達に「今日で最後だね」って挨拶したりして。

 気温は低かったけど陽射しがあるからそんなに寒くなくて、ちょっと騒ぐと、汗が出てきて。

 歩き慣れた道を、いつもよりゆっくり歩いて。


 学校に到着すると、正門前には先生たちが立っていた。

「おはよう。いよいよ卒業だな」

 黒いスーツを着た先生が、笑顔で挨拶して。

 紙で作った花を胸に付けていて、それが照れ臭いみたいで。

「先生! 卒業式、泣かないでね!」

「どうかなぁ、涙腺緩んできたからなぁ」

 登校してくる卒業生たちとそんな話をしながら、保護者たちを会場へ案内しながら。

 私も先生に挨拶して教室に入った。

 先生と同じように、教室も装飾されていた。

 色とりどりの紙で作られた花とか。

 輪っかをいくつも繋げたやつとか。

 黒板にも先生からのメッセージが大きく書かれていて、教卓には花が飾られていた。

 みんな、泣かないで笑ってた。

 写真を撮ったり、雑談してたり。

「おはよう、夕菜! なに一人でしんみりしてんの?」

「えっ、別に、しんみりなんか……」

 って言ってみたけど、そうかもしれない。

 今日は卒業式以外にも、特別な日だから。

「本当に、最後なんだね。寂しいなぁ。ね、大学に行っても、ときどき遊ぼうね!」

「うん。もちろん。いつでも連絡して」

 そんな話をしているうちに担任がやってきて、ホームルームになった。

 今日で最後だな、とか。

 良い卒業式にしよう、とか。

 難しい話は無しにして、簡単な挨拶だけで終了して、並んで卒業式会場に移動した。


 前日に予行していた通りに、式は進行した。

 卒業生がクラス順に入って来るのも、先生や来賓の挨拶が長いのも、全部が予定通り。

 だった、けど、一つだけ、予行ではなかったことがあった。

 ──誰かの涙腺が緩んだ。

 それが、ゆっくりと、周りに広がった。

 もちろんこれは、卒業式ではよくあること。

 小学校の卒業式はそんなに泣かなかったけど、中学の時は、泣いた記憶がある。

 ……でも、なぜか今日、私は泣けなかった。

 全く、ではなくて、少しは泣いたけど、ちょっと景色が滲んだくらいで。

 それはたぶん、今日が特別な日だから。

 在校生からの送辞と、卒業生からの答辞。

 泣いてる人が一番多かったのは、たぶんこのあたり。

 退場する時には、みんな頑張って笑ってた。


 会場を出た途端、みんな涙は止まってた。

 なんでだろうね。

「私、泣いちゃったよ……」

 琴未がそう言いながら目を真っ赤にして笑ってた。

 一緒に教室に戻ろうとしてたら、どこかで誰かが『卒業式だと言うけれど何を卒業するのだろう~』って歌ってた。

 本当に、何を卒業するんだろう。

 もちろん、高校の卒業式、だけど。

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