28.クマのワケ

「ねえねえお姉ちゃん、斎鹿博美って知ってる?」

 妹の春美がそんなことを聞いてきたのは、修学旅行から帰ってしばらくした日のこと。

「友達のお姉ちゃんが、お姉ちゃんと同じ学校なんだって」

 それは、じゅうぶんにあり得る話。

 会ったことはないけど、琴未の弟だって、春美と同じ学校だ。

「斎鹿博美……知ってるよ。どうかしたの?」

 聞きたい気持ちと、聞きたくない気持ち。

 奈緒を幸せにしてあげたい自分と、弘樹と付き合えないことに凹んでいる自分。

 自分が何をしたいのか、本当にわからない。

「じゃあ、木良弘樹って知ってる?」

「──弘樹? 友達だけど?」

 そう……弘樹は、友達……。

「友達が言ってたんだけどね、夏休みに」

 友達なんだ。親友……かもしれないけど、それでも友達には変わりない。もうクラスメイトではなくなってしまったし、恋人でもない。

 恋人──牧原君はどうしてるのかな。

「夏休みになる前に、そのお姉ちゃんが木良って人に」

 きらって──嫌って──嫌ってなんかいない。

 私は確かに、幸せそうな2人を見ているのはすごく辛いけど、どちらかを嫌いになんて、絶対になっていない。

「木良って人に、告白するんだって。壁にすごいポスターみたいなの貼ってたよ。留守だったから、見ちゃった」

「────え?」


 悩みなんかどこにもなかった。

 私は部屋に戻ると、すぐに弘樹に電話をかけていた。

『けど、いくら俺が逃げてもあいつは来るんだろう?』

「そうだけど……」

『なんでおまえが心配するんだよ』

 なんでだろう。

 違う──理由はわかっている。

 弘樹が好きだから、博美から逃げきって欲しい。

 奈緒も好きだから、ちゃんと守って貫いてほしい。

『あのな』

「……うん」

『修学旅行のとき、俺にクマ出来てるとか言っただろう』

 朝食会場に降りて行ったとき、弘樹はものすごいクマをつくって立っていた。あの日は自分に元気がなくて、遊んでいる間、弘樹のクマに意識は向かなかった。

「あ……ごめんねあの時、眠いのに連れまわして」

『いや、いいよ。クマ作ったの自分だから』

 それから少しの間、沈黙があって。

『夕菜、おまえ、最近元気ないだろう』

「え……それは……」

 確かに元気はないけど。

 その原因が弘樹にあるなんて、絶対に言えない。

『今度さー、旅行しないか?』

「……え? 旅行?」

『夏休みにだけどな。俺と奈緒とおまえと──』

 旅行にはすごく行きたい。でも、学校に行くのも最近はちょっと辛くて、修学旅行でも苦しかったのに。

 3人で旅行なんて、出来ないよ。

「あの、でも……私がいても、2人の邪魔に──」

『最後まで聞けよ。誰も3人で行くって言ってないだろ』

「……じゃ、何人?」

『修学旅行のとき、その電話しててクマ出来たんだ。こっちは夜でもあっちは昼だからなぁ。まいったよ』

「え、それ……もしかして」

 そんなことはあるはずがないと思いながらも、他に思いつくものは見当たらなくて。

『夏休みにちょっとだけ戻るって連絡あったんだよ。夕菜には黙ってろって言われたけど、おまえを元気にするにはこれしかないからな!』

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