22.赤いものふたつ

「本当に寂しくなるね。あれだけ夕菜に迫ってたのに……また一緒に遊びたかったなぁ」

 終業式とホームルームのあとの教室で、奈緒は弘樹には1人で帰らせて私の話し相手をしてくれていた。

 寂しい。辛い。嫌だ。

「明後日かぁ、夕菜は見送り行くの?」

「ううん。朝早いんだって。明日の夜から空港の近くのホテルに泊まるって言ってた」

 牧原君のことは本当にぎりぎりまで秘密になっていて、先ほどのホームルームでようやく公表された。もちろん、みんなが「どうしてもっと早く言わなかったのか」と怒っていたけど、彼は特に気にしていなかった。今は荷物を片づけて、学校側と手続きをしているはずだ。

「遠距離って、辛いよ? しかも、海の向こうだよ」

 うん、という言葉と、ため息しか出なかった。

「私が弘樹と遠距離になったらどうするかなぁ。想像つかないよ……」

 毎日会ってればね。それだけ仲良ければね。自他共に認めてるしね。お似合いってね。羨ましいってね。

 浮かぶ言葉はたくさんあるけど、どれも声には出せなかった。出してはいけなかった。私が、許さなかった。

「そうだ奈緒、こないだはごめんね。誘ってくれたのに断っちゃって」

「そんなのいいよー。無理しちゃだめだよ」

「うん。ちょっと楽になった」

 本当に、ちょっとだけ。牧原君に会えなくなるのは辛いままで、時差があって電話もしにくいのも寂しい。それに、牧原君のほかにも私を苦しめる人がいる……。

 でも、そんなことは奈緒には言いたくないから。

「今日、空いてる?」

 思いっきり遊びたくなって、誘ってみた。

「えーっと……弘樹──いいや! 今日は弘樹をキャンセルするよ!」

 ありがとう、奈緒。


 次の日。

 朝早くに牧原君と待ち合わせて、いつか4人で行った遊園地へ向かった。

 春休みなので、どのアトラクションも行列ができていたけど。アトラクションの前に、入場ですごく混んでたけど。

「お! ここすぐ入れる!」

「どれ? ──これは……ぅぅ」

 ジェットコースターと同じくらいスリル満点なのに、お化け屋敷に行列ができないというのは何かの法則でしょうか。

「でも……嫌いだったね」

 牧原君はお化け屋敷から離れようとしたけど、

「行こうよ。脱出したら、男前になるよ」

 そして、10分後、久々に外の空気を吸うと、青空の中に今まで見たことのないくらいかっこいい人が……いたことにして。いたことにするというより、本当にそんな気もしたけど。

 それから昼ご飯を食べて、またいくつかのアトラクションに並んで。乗って。

 牧原君は夜はホテルに泊まることになっているけど、そのホテルが遊園地の近くで、遊園地も空港に近いから。

 両親が心配しない程度に、わりと長く一緒に過ごした。

 夕方近くまで遊園地で遊んで、その後しばらくは近くを歩いて。最後だと思うと、悲しくて。

「自分に嘘ついちゃ、ダメだよ」

「うん」

「泣きたいときは泣けばいいんだよ」

「うん」

「我慢しないで、いつでも連絡して」

「うん」

「キスするよ」

「うん──えっ」

 気付いた時には、やられてた。

「もう!」

 ぷい、と横を向いてやったら、

「二度あることは三度あるよ」

「ないもん!」

 って、言ったけど、本当はあってほしくて。

 沈む夕陽と私の顔と、どっちが紅いかなんて、比べないでください。

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