13.大忙しな日

 牧原君の発言のことは、思っていたほど広がらなかった。教室にいても誰もあのことを聞きに来ないし、第一、彼自身があれから近付いてこない。

 告白されて返事をしていないのは悪いような気はするけど、考えたところで何も浮かばない。絡んでないから、何もわからない。好きという感情は、ない。

 何日も、何週間も、彼が近くにいるときはなるべく観察するようにしていた。けど。あの日以来、やっぱり彼は私から逃げてるような気がする。だから、彼を知るようなきっかけもないまま、1学期も半分終わろうとしていた。

 私のことよりみんな、奈緒と弘樹に関心があるみたいで。

 登下校。移動教室。昼休み。先に私と奈緒が一緒に行動しているときでも、周りに人がどれだけいるときでも、先生がいるときだって、弘樹は奈緒にベタベタだった。視界に奈緒を見つけると、必ず走ってやってきた。

「奈緒ー! おーっす!」

「きゃっ……おはよう」

 急に後ろからやってきて、奈緒の横に付く。

「朝から元気だねぇ……そういえば今日、数学で弘樹、当たるんでしょ? 宿題やってきた?」

「……しまった!」

「えっ? 昨日、弘樹……宿題するからって電話切ったよね……」

 昨夜、奈緒に弘樹から電話があったことは、通学中に奈緒が教えてくれた。奈緒もまだ宿題をしていなくて、宿題しようね、って電話を切ったらしい。

「しなかったの?」

 奈緒の口調は弘樹を咎めるようなものではなかったけど、弘樹の顔はだんだん青ざめていく。

「電話切ったらお風呂に呼ばれて……寝ちゃったよ」

 そしてしばらく固まってから。

「奈緒ごめん、俺、先行くわ!」

 弘樹は学校へ向かって、猛ダッシュしていた。

 大丈夫かな……。

 弘樹の学力は、まあまあ良いほうだったけど。

 教室に着いたとき、まだ弘樹は宿題の最中だった。ちなみに私は、頭は良いとは言えないけど、一応答えは出してある。それが正解かどうかは、知ったこっちゃない。


「弘樹ーいるかー?」

 放課後、クラブへ向かおうとしている弘樹のところに現われたのは、弘樹のクラブの先輩・斎鹿章人だった。

「おまえ今朝、ものすごいダッシュしてたな!」

「見てたんすか……」

「奈緒ちゃんとうまくいってんのか?」

「あたりまえじゃないですか! あんな子、ほっとく男のほうがおかしいですよ!」

 弘樹がそう言った瞬間、周りからクスクスと笑い声が聞こえた。そりゃそうだ、弘樹の声が、大きかったから。

 私の横で、同じようにそれを聞いていた奈緒は、ちょっと紅くなっていた。確かに奈緒は、女の私が見ても、かわいいと思う。男だったら本当にほっとけないんだろうな、きっと。

「それより先輩、どうしたんですか?」

「ああ……あのな……」

 章人は少し、教室を見渡して、私と奈緒のほうを見て、再び口を開いた。

「奈緒ちゃん、ちょっとこいつ借りてもいい?」

「えっ……は、はい……どうぞ……」

「ごめんね! すぐ返すから!」

 そして、何するんですか、とブツブツ言う弘樹を引っ張って、どこかえ消えてしまった。

 けど、章人の言う通り、弘樹はすぐ戻ってきた。

「お待たせ奈緒! クラブ行くぞー!」

「ええ、ちょっと、弘樹……何かあったの?」

「あとで言うから! じゃあ夕菜、またな! 奈緒は5時に正門な!」

 そう言って、弘樹は笑顔でクラブへと向かってしまった。

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