第2章

10.緊張と心配

「ただいまー」

「あっ、おねーちゃん、どこ行ってたの?」

 おかえり、もなく突っかかってきたのは、妹の春美だった。中学2年、まだまだ子供。

「友達んとこだよ。おか──」

「お姉ちゃん何かあったの? すごい嬉しそうなんだけど」

「そう? お母さんは?」

「買い物行ったよ」

「ふーん……」


 私はそのまま部屋に入り、ドアも閉めた。

 時刻は午後3時半。おやつの時間……ではあるけど、お腹はすいていない。むしろ満腹。

(良かった……)

 弘樹が奈緒の父親に気に入ってもらえて良かった。

 大島家に到着した私と弘樹は、すぐ和室に通された。私はそのまま帰るつもりだったのに、奈緒の母親・由衣に少し強引に上がらされ、直後に由衣は私の家に電話をかけていた。

 最初は私と弘樹しかいなかったけど、しばらくしてから奈緒が入ってきた。良介と由衣が入ってきたのはそのあと。由衣はともかく良介はいつもどおりこわかったけど、やがて楽しそうに喋りだした。彼が楽しそうに喋るのは、気に入った人の前でしかない。弘樹もそれを知っていた。

 何が良介をそうさせたのか、私にもわからなかった。私の見る限りでは、弘樹は何もしていない。多少、緊張しているようには見えたけど、敬語を使っていたくらいで、話す内容はごく普通。

(まぁ……いっか)

 大島家に行くときのように、帰る時も、奈緒は玄関での見送りにしか来れなかったけれど、その時の奈緒は、本当にうれしそうだった。

 大島家の敷地から出てしばらく、私と弘樹は黙っていた。

 最初の角を曲がったところで、ようやく弘樹がため息をついた。

「超ー緊張した!」

 私も本来なら緊張するべき、なのだろうけど。奈緒はもちろん、大島家とも、幼いころから付き合いがあるせいか、あの家で緊張したことがない。良介が厳しいことは厄介だけれど、それ以外は全く普通の家庭として受け入れている。

「で、手ごたえは? あるの?」

「どうかな……緊張しすぎて何喋ったか覚えてなくて……俺、だめかも……」

 力なくうなだれる弘樹を見て、なんだかおかしくて。

「ははは!」

 笑ってみた。

「おまえ……人が悩んでるときによく笑えるな?」

「んーだって、あのお父さんと普通に喋ってたよ? なんで心配するの?」

「普通するよ」

 若干早足で歩く私の後ろを、弘樹はトボトボとついてきていた。

 弘樹は良介の質問には何とか答えていたけど、彼に慣れている私が聞いていても、質問には難しい言葉か並べられていた。

「大丈夫だよ」

 弘樹が私に追い付くのを待って、私はそう言った。

「大島家はたぶん、弘樹を拒否しない」

「根拠は? なんでそんなこと言えるんだよ?」

「私を誰だと思ってんの?」

 大島家の人間以外で良介のやり方を知っているのは、おそらく私だけだと思う。奈緒の家に男友達が招待されるたびに、私は報告を聞いていた。

「奈緒がいろいろ教えてくれてたからね。実際どうかは、奈緒に聞くのが一番だと思うけど……もしダメだったら、玄関での見送りも、奈緒はできない。お父さんが見送ってくれることもない。それで……ほら、ああやって出てくることなんかすごく珍しいんだよ」

 私が指さした先には、満面の笑顔でこっちに向かって走ってくる奈緒がいた。

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