2.朝の戸惑い

 その翌日の始業式の朝、

 ピーンポーン──

 インターホンが鳴ったので母親が出て行った。時間はまだ7時半、私はまだ寝起きで眠い。

「夕菜ー、奈緒ちゃん来たよー!」

「ええっ? 奈緒? 早くない??」

 自分の置かれている状況がイマイチわからないまま、私はとりあえず登校の準備を進めていた。

「あー生徒手帳がなーい! あ、あった、えっとそれからハンカチ……!」

「夕菜ー! 早くしなさーい!」

「はぁーい……うわっ!」

 ダダダダッドテッ!

 荷物を持って2階の部屋から飛び出したら、階段で滑ってしまった。

「まったくもう……もっと早く起きなさいよ!」

 母親がしかめ顔でそう言うと、

「あっ、いえ、私が早く来すぎたんです、だから怒らないでください」

「もう奈緒ーっ、早すぎ!」

 それでも奈緒が一緒に登校しようとしてくれている好意に負けて、私はそのまま家を飛び出した。


「なんでこんな早いの? まだ1時間もあるのに──あっ、もしかして昨日何かあった?」

 そういえば昨日の入学式で、奈緒に弘樹を紹介した。私が弘樹と知り合ったのも昨日だったからちょっと変な気もしたけど。確か私は電車で帰って、奈緒と弘樹は……。

「奈緒? 大丈夫?」

 奈緒はうつむいたまま、泣いているのか笑っているのか、両方のような気がした。

「ぅ、う……ん……く……ははははは。ゲット☆」

「早っ! 早すぎ!」

「あ、でもね、まだ返事はしてないの」

「え? でも今、ゲット☆って」

「弘樹君、返事は明日でいいって。だから昨日ひと晩考えて、今日会ったらすぐ返事する」

「ふーん……あ、でも奈緒のお父さん厳しいから、弘樹君大変なんじゃない?」

「うん。でも大丈夫だと思うよ。第一印象が良かったらまずOKだから。弘樹君まじめっぽいし」

 何はともあれ、奈緒は相当嬉しいらしく、学校までの道はずっと弘樹の話をしていた。過去に奈緒と私が男の子も含めて数人で遊んでいたとき、男の子の中に金髪の子がいた。確か中学のときだったと思う。奈緒も私も、もちろん他のみんなもその男の子がそこまで悪い子じゃないということを知っていたのに、奈緒の父親は、今後その男の子と遊ぶことを奈緒に禁止した。学校の中では今までどおりに過ごしていたけど、遊んでくれなくなった奈緒に男の子は「どうしてダメなのか」としつこく聞いていた。でも奈緒がその返事をすることはなかった。

 昨日の帰りの出来事を、奈緒は父親の顔を思い浮かべながら考えたと言っていた。その上で奈緒が『ゲット☆』というくらいなら、弘樹は大島家にとっては悪くないのだろう。弘樹はまじめそうではあるけどそこまで日本男児でもなく、特に強い印象は残らない。どこにでもいる普通の青年で、友人たちもごく普通だった。

「それで奈緒、いつ返事するの?」

「いつって、会ったらするよ」

「それが人が多い教室だったら? それでもするの? みんなが見てても?」

「えー……それは困る……誰もいなかったらいいのになぁ……」

 既に私と奈緒は学校に到着していて、靴を履き変えようとしていた。下駄箱を見渡す限り、登校している生徒は少ない。こんなに早くに来ても用事はないのだろう。まだ登校時刻まで30分以上ある。

「あ……奈緒、弘樹君もう来てるよ」

「え?」

 下駄箱は出席番号順で、縦横の数は座席と同じ。だから、私の隣が弘樹でその3つ上が奈緒。

「他に来てる子もいないね」

 教室へ向かう奈緒の足取りがちょっと重かったのは、たぶんすごく緊張してたから……。

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