しあわせ

次の日。

ヤルブァン王国全土は酷く荒れていた。


何故なら神話上の人物とされていたザマテスがヤルブァン王立高等学園に現れたからだ。学園の半数以上がボロボロになり、ほぼ全員の生徒と騎士団が気絶状態。今後国の中枢を担う自分の子供が危機にあったことに貴族や商人達は大荒れ。殆どの行政は停滞し、商人の中には危機感を感じ自分の息子を引き連れて他国へ逃亡する者まで現れた。ヤルブァン王立高等学園は半壊した為長期休みとなったが、幸い死者はあのザマテスが現れたというのに出ることは無かった。


もう一つ荒れる原因となったのはザマテスの死だ。

ザマテスとは古来から恐怖の対象で、『悪いことをしたらザマテスが殺しに来る』『夜遅くまで起きている子供の家は村ごとザマテスに消されてしまう』など言った子供の教育にも用いられた存在だった。

そんなザマテスが死んだのだ。

魔王以上の力を持ち、神にも力が及ぶとされたザマテスが何者かに殺されたのだ。ザマテスを殺した者は現在分かっていない。ザマテスを殺した英雄は誰だと貴族から市民まで国中が英雄探しに躍起になっている。


当本人はそんなこと気にしないというように、 呑気に家でミルと朝食を食べていた。


「……にしてもそんなに苦しんでたなら言ってくれれば良かったのに。」

「むぅ。でも、ギル様だって私にそんなスキルのこと教えてくれなかったじゃないですか。ギル様が全然友達出来ないことを私は心配していたんですよ!!」

「まぁ、どっちも隠してたしお互い様か。とりあえずミルが居なくならないで良かった。」


ギルとミルは互いに隠していたことを話し合った。

ギルは利子保存でずっと経験値を保存していたこと。ミルは獣部族の生け贄としてザマテスに捧げられていたこと。


ミルは猫族の獣族の生け贄として選ばれた。

ミルは何も罪を犯していなかった。だが、自分の娘以外なら誰でもいいと族の大人達は協力して一人の少女を責め立てることにし、その対象がミルだった。



ギルは全ての経験値を反映したことをやり過ぎたと思っていて、話すと思い出すことになるので最初は話そうとしなかったが、ミルに泣かれそうになって泣く泣く話した。


ギルはミルを撫でると、ミルはギルの膝の上で犬ながら猫のように体を丸くする。 ミルは昨日からよりギルに甘えるようになった。最近見せるようになった暗い影は鳴りを潜める。奴隷と主人という関係が崩壊している二人だが、二人はどちらも幸せそうだった。みゃーと嬉しそうに鳴くあたり、ミルは意外と猫なのかもしれない。首もとを擽るようにして指の腹で擦ると、今度はにゃーと幸せそうに鳴いた。


「それじゃあミル。口を開けろ。ちゃんと開けないと溢すからな。」

「分かってますよ。あーん。」


ミルはギルに朝食を食べさせてくれるようお願いをしていた。ギルが心地よく了承すると、今度は昼食もとお願いをした。ギルはまたも了承すると、今度はこれからは一緒に食べさせ合って食べることにしましょうとミルはお願いをした。


初な彼は流石に弱った様子を見せたが、ミルに泣かれそうになると少し戸惑った後に了承した。ギルが自分に弱いことを知っての行動である。今ミルがギルの膝の上に居るのもそれが原因だ。ミルの定位置がギルの膝の上になるのももうすぐかもしれない。


丁度よく煮込まれ野菜をミルは口に咥えると、思わず料理の美味しさに声をあげた。そして、少しの間何か悟ったように黙る。


「わなぁぁ!! 」

「どうした急に呻き声をあげて。……そんなに俺の料理が美味しく無かったか。」

「………」


自分の料理を口にし、大声をあげられた彼は自分の料理が失敗してしまったかと肩を下ろす。ミルを黙らせてしまう料理なんてどれだけ美味しく無いんだ。


ギルは自分で作った料理を恐る恐る口にすると、ギルもまたミルのように声をあげて、黙ってしまった。


これは、これ以上食べたら駄目になってしまう気がする。

何の変哲もない手抜きスープの筈なのに、何故か深みがあり謎の高揚感が全身を巡った。一度食べたら依存してしまいそうな中毒性のあるこのスープ。それに何だか精力作用もありそうだ。


「……ギル様、これもあのスキルの成果ですか?」

「ああ。伝え忘れてたが、料理のレベルは965になっていた。いつもと同じように作ったんだが、この中毒性は不味いよな。一日でもこの料理が食べられ無くなったらおかしくなってしまう気がする。俺が料理をするのは中断した方がいいかもしれないな。」


料理は毎日の俺の嗜みでもあったので料理するのは中断したくないが、自分の料理に味が慣れてしまったら他の料理を食べられなくなりそうなので止めておくのがいい気がする。病気でもしも料理が作れ無くなってしまったら、舌が他の食べ物を受け付けずそのまま死んでしまうなんてこともありそうだ。やっぱり、いきなり全ての経験値を反映させたのは不味かったな。一生後悔する気がする。


「でも、私これからもギル様の料理が食べたいです。」

「そう言ってくれるのは嬉しいが……確かミルも料理作れるんだったよな? これからは大変かもしれないがミルが料理を作るのはどうだ? 作り方を教えてもいいぞ。」

「分かりました。そうしましょうギル様。」


頬をだらけさせながらミルが答える。そんなに作りたかったのだろうか料理。頼んでくれれば直ぐにでも教えたが、ミルはたまに控えめな時があるからな。言いずらかったのかもしれない。


何だかよく分かっていないギルの上で、ミルはギルと共同で料理を作る場面を想像してにやけていた。


ギル様が私だけに作ってくれたご飯を食べるのも死にそうな程幸福だけど、ギル様と一緒にご飯を作って二人仲良く食べるのも悪くない。むしろギル様と居られる時間が増えるのでこっちの方がいい気がする。料理に依存させられてギル様以外の料理を食べられない状況も至福この上無いけど、やっぱり一番はギル様と同じ時を過ごすことだ。



私は間違っていた。

全ては母の言った通りなのだ。

地獄は長続きしない。地獄の後にはありったけの祝福が続いていくと。


また自分を救い、元から好きだったギルが絵本に出てくるようなこの世の者とは思えない程の美青年となった。ミルのギルへの依存が収まる筈もなく、より悪化するのは当たり前だった。


ミルはギルのお腹に顔を服の上から擦りつけた。まるでマーキングをするかのように自分の物だと何度も何度も顔を擦りつける。服があることがあることが妬ましいが、服の上からでも感じられる程ギルの体は良く鍛えられていて、愛らしく、フェロモンで満ち溢れていた。


ギル様ぁ……えへへ。



そんなこと全く分かっていないギルは少し擽ったいくらいにしか思っておらず、作ってしまった快楽中毒物質をどうするかで頭を悩ませていた。


勿体無いけど、捨てるしかないよな。体壊しそうだし。一応庭に埋めて、最低限自然に還元するか。


この後料理を埋めようとするギルにミルが猛烈に反対したが、頭を何度も撫でられると呆気なくミルは諦めた。ギルもミルに弱い一方、ミルもギルに弱いのだ。

似た者同士の二人はのんびりとその後を過ごした。


その日の夜。

夕食を終え、風呂も済ませたギルは眠くなるまで本を読んでいた。


この世界は科学技術があまり進歩していない分、神や自然や英雄を重視するところが多く、何かと興味深い書物が多い。『天を半分に割いた鳥』や『大地を生まれ変わらせた狼』など物騒な物もあるが、ザマテスが存在した辺り意外と本当のことが書かれているのかもしれない。可能性が多いにある分、前世に比べてファンタジー物を読むのは意外と面白いのだ。


今ギルが読んでいるのは『死ねなかった竜王女』という書物だ。

魂に呪いが掛けられてしまい、体が衰えること無く死ぬことが出来なった竜の王女アルティメット。死ぬ方法を探して様々なことに挑戦するも結局死ねずに、自分自身の呪いと世界に絶望するという中々ダークな物。段々と主人公が闇に染まっていく描写が鮮明に描かれていて、まるで自ら体験しているような気分になれた。


中々長い本で気づけば時間が結構過ぎていた。第十章まで全部読むのは疲れた。


時計が無いので正確には分からないが、窓を見ると月が空高くまで登っていた。


もう寝るかと布団を被ると、一つやり忘れていたことを思い出した。


「……退学書類書くのすっかり忘れていたな。まぁ、別に行かなければいいだけだし、別に書く必要性も無いか。」


杞憂だったと布団に潜ると、こんこんと心地よいリズムで寝室の扉が叩かれる。ミル以外この家に居ないので恐らく扉を叩いたのはミルだろうが、まだ起きていたのか。

こんな夜遅くに何かあったのかと、ギルは不安げな表情で扉を見つめた。


「入れ。」

「失礼しますギル様。」


一度こちらに頭を下げて、部屋に入室するミル。

部屋はもう既に暗くはっきりとは見えないが、いつもに比べてどこか女性らしい部分が張っていたように感じた。それに、濃く甘い女性特有の色香が距離が離れているミルからはっきり分かる程には漂ってきた。


「それでどうかしたのか。」

「……実はお風呂に入った頃から発情期に入ってしまって、寝ようと思っても全然眠れなくて。」


申し訳なさそうなどこか嬉しそうな様子で、両腕を胸の辺りに寄せる。豊満な胸は腕に押し潰されて形を少し変えるも、厚みのせいかまだまだ押し潰されても大丈夫そうだった。いつものような甘え坊の雰囲気から、魅力的な一人の女性の雰囲気を持ったミルに、思わず涎を飲み込む。


っ!?

何ミルを性的な目で見てんだ俺は。


ミルはその姿勢のままで近寄ると、はっきりと目視出来る距離にまでギルに近付く。

目は蕩けたようにとろんとなっていて、林檎のように赤く火照った顔。ミルから漂う匂いは更に濃くなり、これでもかと揺れる尻尾に、整った顔がどこまでも愛らしく見えた。


獣族の特徴の一つに、体が完全に子供が生める体にまで成長すると発情期が訪れるというものがある。発情期は一度迎えると継続的に一年に何日間か訪れることになり、子供が産まれなくなるまで続く。発情期中は常に体からフェロモンが発生し続けることになり、性についてしか考えられなくなる。性欲の強い人類よりも繁殖力が高いのはそういうのが理由だ。


男の方は自分で何度か致せば何とかなるようだが、女性は自分で致しても満足することは出来ずに、誰か男を見つけて行為を行わない限り発散することは無いらしい。


つまり女性は相手を見つけなければいけないのだがーーーミルの場合相手が俺だったという訳だ。


「ねぇ…ギル様ぁ……お願いしますよぉ?」

「……ミルは俺が相手でいいのか?」


ミルの荒くなった息が頬に当たる。寄り掛かってきたミルの体はいつも妹として接していたから何とか意識せずに居られたが、今は意識せずにはいられない。いつもは火照らない体もミルを意識するとなると火山の噴火のように一瞬で体温が上昇する。


何で性欲までレベルアップさせたんだよ昨日の俺は。

ステータスを見るとレベル25でずっと止まっていた性欲は、レベル104と魔王レベルに到達していた。昨日から俺は性欲魔に変わってしまったのだ。


ミルを膝の上に乗せて食事をした時も、性欲のせいかいつもより何だか意識してしまって、妙に恥ずかしかった。これも全て性欲を上げたせいでミルを知らない内に意識しまっていたからだろう。


「むぅ……何でそんなこと言うんですかぁ。私はギル様のことが大好きですよ。超愛してます。大好きで大好きでたまりません。ギル様は私の全てです。」


発情して語尾がおかしくなるのかと思っていたが、ミルからの俺への愛の言葉は妙にはっきりとしていてよく耳に響いた。


ミルが……俺のことを好き? それは異性としてだろうか、兄としてだろうか。

俺は俺でミルのことを妹として好きなのだろうか。異性として好きなのだろうか。


自分の気持ちが分からなかった。ただ熱くなった体がどんどんと脳を疲れさせる。どうでもいいことのように、どんどんと思考を蝕んでいく。


ただ分かることは、俺もミルが大好きということ。

一緒に居て欲しいということ。


ゆくゆくはミルには頼り甲斐のある男を見つけて、幸せな家庭を築いて欲しいと思っていた俺が、不思議なことである。ミルが俺から離れて行ってしまうのが、思わず苦しくて吐いてしまいそうな程に嫌だと思ったのだ。

俺も言葉に乗せてミルに伝えよう。いち早く伝えたい。


「俺もミルのことが大好きだ。ミルとこれからも幸せな生活を謳歌したい。どうかこれからも一緒に居て欲しい。」


愛を伝えるつもりがプロポーズのようになってしまったと、気付いた時にはミルに抱き付かれていた。俺の告白は成功したということだろうか。柔らかい。温かい。うれしい。

何とか耐えていた脳だがそれをきっかけにプツンと停止し、同時にギルの理性が弾けた。







静みきった夜の中、愛をいつまでも伝えあう男女が居た。

二人の愛溢れる交わりに世界は朝が来ることを悔やんだが、悔やんだ時には目を閉じていて、二人は抱き合いながら幸せそうに頬を緩めていた。


二人を見守るようにして穏やかな光が天から降り注ぎ、今日も世界を照らす。

何だか遅い朝な気がした。


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