第一節 不穏な依頼 3
「それでは私は仕事に戻る。後のことは二人で相談してくれ」
そう言い残すと、ミュース伯爵は応接間を出て行った。
そんな彼を追わずに応接間に留まる執事服の男を見て疑問に思っていると、そんな私を他所にクリューナが嬉々と私の前に詰め寄ってきた。
「フィルさん!私冒険者に憧れてて、良ければ話を聞かせてもらえませんか?」
「話?」
「そうです!街の外がどうなっているのかとか、危機一髪だった冒険章とか!私移動する時はいつも馬車から出るのを許されないから、外の景色を見たことがないの」
「んー…………冒険章って言われても、私冒険者になったばかりだから」
…………まあその前は色々冒険してきたけど。
「そうなんだあ、残念」
「うん。それより依頼の話は?依頼内容が漠然としてて困るんだけど」
私が面倒事を避けるように依頼の話に持ち込むと、そんな私の思惑も知らずにクリューナは瞳を輝かせて私の耳に口を寄せて執事服の男に聞こえないように小声を出した。
「あのね、私街を離れて遠くまで行きたいの」
「遠くって…………それは無理じゃない?」
「無理?」
「まあ…………危険だし」
「それなら大丈夫!私こう見えても力持ちだから!」
いや…………力持ちってだけで解決したら誰も困らないっての。
「あ、そうだ!せっかくなら訓練場へ行こ!そこで私の実力を見てよ!それでどこまで行けるか判断してもらえばいいから!」
「…………」
おいおい…………なんて思うだけは止まってくれるクリューナでもなく、まだ出会って僅かながらもこの少女の暴走性を理解してしまった気がする私なのだった。
というか、危険ってそういう意味じゃないんだけどな…………
クリューナが執事服の男に少し席を外すと理を入れて案内された訓練場では、ミュース伯爵家の兵士と思われる人々が文字通り訓練をしていて、クリューナは私とその場の指揮官的な人に一声かける遠くの方へと消えて行ってしまった。
「貴方が件の冒険者さんですか」
「どうも」
そう声を掛けてきた指揮官の人は深くお辞儀をすると、私に向かって申し訳なさそうな顔を浮かべた。
「私はここの兵士長を務めておりますクィルです。この度はクリューナ様のわがままにより、申し訳ございません」
「はあ…………あ、私はフィルです」
別に謝らなくてもいいと思うんだけど…………あれかな?本来なら私じゃなくてこの人がやればいいって話だからとかかな?
「それにしても慣れた足取りでしたけど、クリューナさんはいつもここに通ってるんですか?」
「ああ…………これは一応伯爵様には内緒なのですが、本邸にいた頃も訓練場に通っていたらしいんですよ。まあ、バレているとは思うんですけど」
ふうん…………でも伯爵は剣を持たせたことなどないって言ってたよね。あれはブラフなのか…………いや、だとしても知らないふりをする理由なんてあるのかな?
それに、普段からこんなことろに足を運んで武器を振っているというなら、そもそもこの依頼自体が意味をなしていない。戦闘訓練で相手する魔物なんて、成人男性なら武器の扱いに心得がなくとも倒せる程度の敵なのだ。
となるとこの依頼は、クリューナが街を離れる理由づくりのために伯爵を騙して依頼を出させ、伯爵はクリューナが訓練場に通っていることを知らなくて、危険だからと躊躇いながらもクリューナの勢いに負けて無理難題を条件に依頼を出した。ということなのだろうか?
そうならクリューナが訓練場に通っていることを知っていたであろう門番や執事服の男、そしてこの兵士長が私に向けてくる視線の理由もつくが…………一方で伯爵が私を見て笑顔を浮かべていた理由がわからなくなる。それに、伯爵はクリューナに近しい人間に条件を絞ったくせに、私の素性には一切興味を示さずに話が纏まった途端に退室してしまった。この一貫性のない行動はいったい…………
「じゃじゃーん!お待たせ致しましたー!私の相棒・ハーちゃんのご登場でーす!」
思考の沼に落ちかけていた私を現実に戻したのは、そんなクリューナの声だった。
そしてその声につられて顔を上げると…………
「…………え」
クリューナが仰々しく紹介したハーちゃんというものの正体。それは一メートルを優に超えた、斧と槍が融合したような武器───つまりはハルバードというやつで、クリューナはそれを肩に担いでニコニコと笑みを浮かべていた。
「いや…………力持ちって」
「えへへー、力持ちでしょ?ほらっ!」
そう言って自慢そうにハルバードを振り回すクリューナ。
振り回すと言ってもそれはがむしゃらに振り回しているという風ではなく、演舞のような芸のある振り回し方だった。恐らくクリューナはハルバードの扱いには長けていて、相棒と言っていたのも決して誇張表現なんかではないのだろう。
「ありえな…………」
「あはは、そうだですよね。私も最初見た時は絶句してしまいましたよ。本人曰く、筋肉は量より質、使い方がどうだとかで…………」
使い方って。そんな次元じゃないと思うんだけど…………だって本人くらいの長さあるよ?あの武器。
「…………ふう。どうだった?魔物にも通用しそう!?」
「そんなの余裕だと思うけど…………」
「やっぱり、そうなの?でも、街周辺の魔物にもたくさんの人が殺されてるんでしょ?街を出るなんて決断をできる人がたくさん殺されてるってことは、私なんかじゃ通用しそうもないと思うんだけど…………」
「…………」
街を出るなんて決断ができる人、ねえ。
その辺の魔物なんかに殺されてる人がたくさんいるっていうのもまあ事実だけど、それは罪を犯して街から逃げた人とか捨てられた子供とか、そういう人だけだと思う。なんというかクリューナは考え方が高尚というか、そういう人たちの存在なんて認識すらしてなさそう。まあ話聞く感じ箱入り娘っぽいし、しょうがないのかな。
「クリューナ様。フィル様もこう仰っていることですし、やはり依頼の方は…………」
「いやよ!それに、もしそうならもっと街から離れられるってことでしょ?」
「それとこれとは話が違うのですよ」
「どういうこと?」
「街からある程度離れると、法が届かない土地になってしまうのですよ。つまり、魔物が強くなるということだけではなくて、クリューナ様がそこで人間に殺されたとしても、その人は何の罪にもならないということなんです。ですから魔物だけでなく、さまざまな危険が…………」
「あーはいはい!でもフィルさんが守ってくれるんでしょ!?」
いやです。
「フィルさんは何度もそんなところに行ってる冒険者なんだよ?何が不安なの?」
いや、さっき冒険者になってまだ日が浅いって…………
「フィル様とクリューナ様では危険がまるで違うでしょう。言い方は悪いですが、フィル様は平民なのに対してクリューナ様はミュース伯爵家の娘なんです。命を狙われる危険性がまるで違いますよ」
こう見えても私、遺伝子的には結構いいとこなんですがね。
「む…………いいもん。もう依頼は受理されたし」
「…………」
クリューナの言葉に、悲しそうな顔を浮かべる兵士長。
───なんだろう。何かが引っかかる。そんな気持ちを残したまま、私はミュース伯爵とその娘クリューナとの顔合わせを終えたのだった。
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