第5話「敬虔な信徒たち」

 修道院へと戻った私は、獄舎での出来事の一部始終を修道院長様に報告した。


「そうですか、王太子殿下の首を……」


「はい、どうにかお助け出来ないものでしょうか? 反戦を掲げておられたエラルド様が犠牲におなりになるなんて、そんな理不尽があっていいはずありませんっ!」


「フレーリア、落ち着きなさい」


 そうわたくし一喝いっかつなされた院長様もまた、苦渋に満ちたお顔をなされている。

 政治への不介入が原則の教会にとって、出来る事は何も無いという結論に至るしかない事が分かっていたからなのだろう。


 とうとう進退きわまった私は、ランドック公爵であるお父様のお力にすがるしかないと考えて、手紙をしたためる事にする。

 すでに戦場から領地へとお戻りになられているお父様も、今回の戦争では少なくない犠牲を強いられたはずだ。ならば戦争を始めたカイゼル様に、含むところがあってもおかしくはない。


 お父様に宛てた手紙の返事を待っている間の事、五日に一度のエラルド様への教誨きょうかいの準備をしていた私に院長様が仰った。


「フレーリア、王太子殿下はご病気の為に、しばらく教誨は遠慮願うと王宮から連絡がありました」


「まあ! エラルド様がご病気に? あんなにお元気になられたと言うのに……」


「恐らくですが第二王子殿下の差し金だと思います。教会の関与を嫌い病気と偽って、我々を王太子殿下から遠ざけたのでしょう」


 こうして私はエラルド様にお会いする事が出来なくなり、いたずらに不安を募らせる日が続くようになる。

 するとそれに追い討ちをかける様な、お父様からの手紙の返事が届いたのだった。


『確かに今回の戦争でカイゼル殿下へ不満を持つ貴族は多い。我ら公爵家とて忸怩じくじたる思いでいる。しかしこの敗戦の混乱の最中さなかで、王太子殿下をお助け出来るほど余裕のある貴族はおるまい。それに王太子殿下の処刑も秋分の日に行われると決まった。今となっては娘のお前が修道女となり、あの大馬鹿者のカイゼルから逃げてくれた事だけが父としての救いである──』


 お父様のその手紙には、エラルド様の処刑が秋分の日と決まったと書いてあった……それはもうあと三日の猶予しか無い事を意味している。

 私はこの時ほど絶望に打ちひしがれた事はない。あと三日で何が出来るというのだろうか、今や何もかもが手遅れなのだ。例え貴族の誰かが救いの手を差し伸べようとも、時がそれを届かせはすまい。


──けど、本当にもう諦めるしかないの?


 いや、私にはまだたった一つだけ出来る事があった。それは私の命を懸ける事。

 神に捧げたこの身を己の勝手に使うのは、本来あってはならない。しかし……


 他者を救う為に己の命を犠牲にする事を、教会は殉教じゅんきょうと呼んでいる。カイゼル様の横暴を訴え、真にこの国を憂うエラルド様の助命を嘆願する為にこの命を使うならば、神はきっとお許しになられるはず。


 エラルド様の処刑が執行される秋分のその日、私は殉教しようと王宮へと赴いた──



「どうかっ! どうかお考え直し下さい、シスターテレーズッ!」


「いいえ、もう決めた事です。だからこそ今日は皆様とのお別れに参りました。どうかこれからも神への信仰を忘れずに、健やかにお過ごし下さいね」


 私はエラルド様へ教誨をしに王宮へと通っていた間、多くの衛士や兵士の皆さんに乞われるままに礼拝をして差し上げる機会に恵まれた。

 信仰に熱心な方たちばかりで、若輩の修道女である私をとっても慕ってくれたのだ。だから私も心を込めて神へ祈り、共に賛美したのである。


 そんな敬虔けいけんな信徒の皆さんに、今日私が来た目的を話してお別れを告げる事にしたのも、共に礼拝をさせて頂きながら親しくさせて貰った事への感謝のつもりだった。


「殉教などおめ下さい! 第二王子殿下がお心変わりをなさって、王太子殿下の処刑を取り止めるとは思えません!」


「そうですよ! 不敬は承知で申し上げますが、第二王子殿下は悪魔です!」


「奴は本当にシスターテレーズのお命を奪うでしょう! この無益な戦争で我々の仲間や家族をゴミの如く使い捨てたように!」


 どこから集まって来たのか、大勢の衛士や兵士の方々が私を囲んで心配の声を上げてくれた。やがてその声は私への心配だけにとどまらず、カイゼル様への怨嗟えんさの声も混じり始めてゆく。

 私は何だか妙に不安になってきて、皆さんに落ち着くようにとお願いしたのだ。


 それでようやく静かになってくれたのだが、その時にはもう数百名の衛士や兵士の皆さんが集まっていて、私はその数に少し恐くなってしまった。

 だから長居は無用だと思い、改めてお別れを告げ、その場を後にしたのだが……


「我々『テレーズ聖母の会』一同は、決してシスターテレーズを見捨てたりは致しませんぞッ!」と、すすり泣く方までいらっしゃったのには感動させられた。きっと私の殉教の思いが伝わったのだろう、彼らが共に神に祈ってくれるなら勇気百倍だ。


 ところでテレーズ聖母の会とは一体なんの事なのか?

 初めて聞く私の名の付いたその会名を不思議に思いながらも、私は処刑場へと急いだのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る