二十二話 家に帰ろう

 少年は伏し目がちに微笑み、光の粒子を弾かせながら歩き出す。

 小鳥たちは飛翔し、円を描いて彼の頭上を巡る。


「父さん、僕はここだよ」


 少年が呼びかけると、幽霊のこぶしは――ゆっくり開いた。

 噴き上がっていた炎は鎮まり、突風も凪ぐ。

 這いずっていた影たちは立ち上がり、何事も無かったかのように四方に散る。


 

「……りょうた……亮太なのか……?」


 幽霊は手を伸ばし、少年の肩に触れた。

 少年は頷き、幽霊の胸に頬を寄せる。


「そうだよ、父さん。やっと会えた……」

「……亮太、無事だったんだな……良かった……」

「うん。ピーコもピー坊も」


 濡れた瞳で小鳥を見上げると――小鳥たちは父親の肩に停まった。

 二メートルを超えていた父親の巨躯は、少しずつ小さくなっていく。

 

 少年と父親は、固く抱き合う。

 失っていた時を引き寄せるように……。





「……出発する時間だよ」


 フランチェスカは忍び足で近寄り、遠慮がちに声を掛けた。

 少年は振り返り、僅かに頷く。


「父さん、療養所で少し休もう。その怪我を治さなきゃ」

「そうだな……体中が痛いよ……」


 父親は我が子を離し、両手を見た。

 身体はまだ黒い影のままで、顔立ちも判別できない。

 未だ、自己の死を察していないのだろう――。


 その背後で、人力車が貼り付いた車道が、ゆっくり動き始めた。

 半回転しながら降下した車道は、地面と一体化する。

 フランチェスカは座席の上のタブレットを取り、座席を差す。


「さあ、乘って。療養所まで直行しまーす!」

「ありがとう……」


 少年は父親を支え、人力車に乗るのを手伝った。

 そして――地に座ったままの華都はるとの前に戻って来た。

 光を帯びる手を差し出し、華都はるとは促されるままに立つ。


「ありがとう。僕の名を父さんに教えてくれて。父さんが僕の名を思い出したから、こうして会えた。これで、みんなで逝くことが出来る」

「でも……僕は、君のお父さんに酷いことを言って……」


「ううん。父さんが、君をこの場所に引き込んでしまって……ごめんね」

 少年は、頭を下げた。

「霊力を持つ君の姿が視えて……息子が居たことを思い出して、傍に置こうとしたんじゃないかな。それに先生も……ご迷惑を掛けて申し訳ありませんでした」


 尼僧にも深く会釈し、名残り惜しそうに踵を返した。

 フランチェスカは、笑顔で送り出す。


「療養所は、美味しいご飯を出してくれるよ。お父さんの心も、きっと癒される。また、親子に生まれ変われると良いね」

「ありがとう……」


 少年は軽く目を拭い、人力車に乗り込んだ。

 二匹の小鳥が、父と子の肩に停まる。

 父と子は寄り添い、車夫は二人に赤い膝掛けを当てた。

 現世では不幸な生涯を終えた父子と小鳥たちは、魂を癒す場所に運ばれ、いずれは新たな命となって現世に還って来る――。




「出発します……」

 車夫が呟き、ガス燈の灯りが消えた。

 人力車の周囲は霧に包まれ、霧は闇と一体化し、華都はるとの視界から消えた。

 軽やかな車輪の音が跳ね上がり、それは徐々に遠ざかり――消えた。

 

 

 これで一件落着だ、と華都はるとは我が身を確かめる。

 なかなかの大事件だったが、多少の打ち身と制服が汚れた程度で済んだ。

 が、大立ち回りを演じた尼僧は――


「尼僧さん、お怪我はありませんか?」

 

 振り向くと――自分より小柄の尼僧は、ボロボロボロボロ大泣きしていた。

「ううっがわいじょうに……やっどおどーさんとしゃいがいでけたのね……」


「……あの、尼僧さん……」

「うえっ、うええ……とりさんだちとおひあわせに……」


「……ピンク髪、君は事情通らしいな。俺たちは、どうやって帰るんだ?」


 号泣尼僧に訊いても無駄と悟り、訳知り顔の少女に訊く。

 少女は晴れやかな顔で、闇の向こうを指差した。


「あっちに自転車がある。その上に迎えの自動車が居るから」

「自動車?」


「うん。それと、あたしはフランチェスカ。そう呼んで」

「山崎フランチェスカか? それとも高橋か?」


「名字は無い。ただのフランチェスカだよ。それより、自転車やリュックは無事?」

「……え……」


 指摘され、父親の幽霊が猛火を撒いていたことを思い出す。

「うわっ、そうだった……!」


 華都はるとは瞼を閉じ、駆け出した。

 闇の向こうに、横倒しになった自転車が視える。

 


「先生、あたしたちも帰ろう!」

 

 フランチェスカは尼僧の手を掴み、軽やかに歩を進める。

 大切な仲間が、そこで待っているから――。

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