第13話 リア、事情を話す

 そんな一幕があった後、サロンにて、やっとお茶が始まった。公爵夫妻は忙しく所用で出かけているとのこと。


 自分が隣国の追放聖女だと告げるなら、いまだと思った。黙っていてはいけないことだ。いずれ迷惑をかける。リアの腹は決まっていた。


「あの、ルードヴィヒ様、お話しなければならないことがあります。私は、隣のアリエデ王国からやってきました」

「アリエデ? それは珍しいな。アリエデとはほとんど国交がない。高価なポーションを輸入しているくらいだな」


 ルードヴィヒの瞳に微かに好奇心が宿る。リアは国交や外交について一切教えられていないので、神殿がポーションを諸外国に高値で売りつけているのは知っているが、ほかの事は何もわからない。


 他国の人からアリエデのことを聞いて見たい気もしたが、話が逸れたら決心が鈍りそうだ。

 ここは居心地が良すぎる。ずっとこの地に住めるのではないかと夢を見てしまいそうだ。リアは期待が裏切られた時の辛さを知っている。


「私は、アリエデで罪人として裁かれ、追放された元聖女です」


 思い切って一息に言うと、サロンに沈黙が落ちた。ルードヴィヒが使用人達を下がらせる。やはり、早々にここを去らねばならない。どこかで期待していたのだろうか。落胆がじわりじわりと心に広がり、リアは俯いた。追い出される前に自分からここを出よう。


「それは、随分、つらかったろう」

「え……」


 思いがけない言葉に驚いて顔を上げると、憂いを含んだ温かい眼差しがそそがれていた。そんな不意打ちに涙が頬を伝う。誰かにそう言って欲しかったのだと気づいた。



 リアは自分が聖女に選ばれてから、王太子の婚約者となり、戦場での不手際から婚約破棄され国を追放されたあらましを話した。さすがに自分の姉が王太子の婚約者になっているとは言えなかった……。



「リア、行くところがないのなら、しばらく私の仕事を手伝ってくれないか? まあ、仕事というより趣味に近いけれど」


 リアが事情を一通り話終えた後、ルーヴィヒがそんな提案をした。


「……私がいてご迷惑ではないのですか? 私は罪人です」


 気付けば、彼の優しさに縋りつくようなことを言っている。


「何を言っている? 君はこの国では罪人ではないし、迷惑ではないから大丈夫だ。安心して欲しい。それに国外追放なら、もう刑は執行されている。後は好きに生きればいいではないか」


 そういうものなのだろうか。ルードヴィヒのあっさりした考えに面食らう。


「私はヴァーデンの森を監視しているんだ」

「ヴァーデンの森?」

「ああ、リアと会った森だよ。別名精霊の森とも呼ばれている。君の国では何と呼ばれているんだ?」

「西の森、惑いの森とも呼ばれています。一度入ると出られないと言われています」

「それはまた……随分と心細かったろう」


 ルードヴィヒのいたわりの言葉が心に染み入る。


「最初は。でもすぐにそれほど危ない場所ではないと気づきました」

 

 リアは小さく笑みを浮かべた。


「君は強いんだね。あの森は不思議な場所で、なぜかこちらからアリエデ王国に抜け出ることが出来ない。アリエデの聖女が張った結界のせいだと言われている」

「はい、昔、聖女が、魔物を防ぐために張ったと聞いています」


 国交はないと言ってもルードヴィヒはアリエデのことを知っているようだ。


「魔物か……。それで、森に入った感想は?」

「入った瞬間は禍々しい瘴気が溢れていましたが、奥に入るにつれ弱まってきて、西の方から聖なる気が流れてきたんです。そっちの方に向かっているうちにルードヴィヒ様をみつけました」

「なるほど、それは助かったよ」


 ルードヴィヒがクスリと笑う。


「あ、いえ、そんな……」


 恩を売るつもりで言ったわけではないので、リアは恥ずかしくなり赤くなった。


「リア、私は君との出会いを感謝している。それにこの国に聖女はいないから、君は非常に興味深い、と言ったら失礼かな?」


 リアは首を振る。


「私は元聖女です。今は、違います。神殿から破門されました。だから、ここにいてはルードヴィヒ様や公爵閣下ご夫妻にもご迷惑おかけするかもしれません」


 誤解があってはいけないと思ったし、リア自身もここに置いてもらえるなどとぬか喜びしたくはなかった。


「ああ、なるほど、それを気にしていたのか。宿からここへ来るときも渋っていたね。確かにウェルスム教はこの国でも信仰されているが、政治とは切り離されている。別にそんなことで私たちの立場が悪くなりはしないよ。確かに神殿に権威はあるが、国の決定を覆すほど強くはない。それにアリエデの神殿とこの国の神殿はあまり交流がないと聞いている」


 彼らに迷惑が掛からないとわかってリアはほっと胸をなでおろす。

 すると今度はルードヴィヒが何者なのかが気になった。公爵夫妻に厄介になっていると言っていたので彼らの子息ではないようだ。


「公爵のメルビルは、私の叔父なんだ」


 リアの心を読んだように彼らとの関係を明かす。


「ご親戚だったのですね」


 納得のいく距離感だ。しかし、そうするとルードヴィヒも身分は高いのだろう。リアは身がまえてしまう。国では身分の高い者達に裏切られたのだ。


「私は、この国の要人ではないから安心して。その証拠に供も連れずにあの森にいたろう? まあ、フランツにはなぜ一人で行ったのかと怒られたけれど」


 リアもそこが不思議だった。


「あの森は、普段は安全な場所なのですか?」

「魔物が襲ってくるなどめったにない。王都を独り歩きするよりよほど安全だと言われていた。だが、このひと月ほど、魔物の被害が相次いでいてね。近隣の農家も困っているみたいだったんで様子を見に行った」

「え……」


 魔物がでるのに彼は一人で見に行ったらしい。落ちついている様に見えて意外に無鉄砲なのかもしれない。


「私は、テイムが得意でね。手懐ける自信があったんだ。それも今となってはただの過信だったようだが……」


 そう言ってルードヴィヒが肩を落とす。そこでリアは青ざめた。


「もしかして、ガルムともお友達になりたかったのですか?」


 リアはいい食料だと思い仕留めて晩御飯にしてしまった。本当は、食べたくなかったのではないか。だとしたら、自分はなんて残酷なことを……。リアはドキドキした。


「いや、まさか、それはないから安心して。あいつらは食われて当然だ。君、面白いね」



 彼が笑い出す。ほっとしつつも、そう言うルードヴィヒこそ変わっているとリアは思った。彼は森で死にかけたのに妙にけろりとしている。


 端整な顔立ちは繊細な印象をあたえるのに、意外に神経は図太い人なのかもしれない。少なくともアリエデの高位貴族は供も連れず戸外を、それも魔物の出る森を一人で歩くなどありえない。



 ルードヴィヒを不思議な人だと思った。リアと出会った時も、追放聖女だと告げた今も動じていなし、態度も変わらない。



 この人はこれまでどんな人生を送ってきたのだろう……。



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