第11話 ルードヴィヒ様は何者?

「すみません。病人を休ませたいのですが、部屋を貸していただけませんか?」


 宿の受付の男性がぎょっとしてリアと意識のないルードヴィヒを交互に見やる。前金で銀貨三枚を出すと慌てて部屋へ通してくれた。

 宿代はこれから先手痛い出費となるかもしれないが、自給自足の生活をすれば問題はない。


 リアは早速ルードヴィヒを狭い部屋の小さなベッドに横たえ、治癒を施した。しばらく祈りを捧げると熱が少し下がったようだ。どうしても完全に彼の病を癒すことが出来ない。


 治癒能力だけが低下しているのだろうか。それとも彼の寿命……? リアはその考えを慌てて振り払う。


 ベッドと粗末な椅子が一脚あるだけの狭い部屋で病人を介抱していると、廊下からガシャンガシャンと騒々しい音が聞こえてきた。

 戦場でよく聞いた騎士が身に着ける甲冑の音だ。少し前まではその音を聞くと頼もしく感じたが、今では不快だ。ジュスタンや聖騎士達を思い出してしまう。


 煩い甲冑の音は徐々に部屋に近づき、ドンドンと無遠慮に扉が叩かれた。


(病人がいるのに何と無神経な)


 ルードヴィヒの体に障ってはと慌ててドアを開ける。はたしてそこには鎧姿の屈強な大男が立っていた。


「面妖な怪力女とは貴様か?」


 リアを睨みつけて開口一番に言った。


「お静かに、病人がいるのですよ」


 リアが自分よりも頭一つ分以上大きな男にぴしりと言い放つ。


「何!」


 甲冑男が気色ばんで部屋に強引に入り込む。部屋の空気が一気にはりつめた。リアはルードヴィヒの前に立ち、腰に下げたメイスに手をかける。同時に男も腰に佩いた剣の柄に手をかけた。


(拾った人間は最後まで見捨てない。この方を最後まで守る)


 両者がにらみ合ったその時弱々しい手がリアの腕に触れた。


「だめだ……リア」

「ルードヴィヒ様、お目覚めですか!」

「ルードヴィヒ様、ご無事ですか!」


 リアと甲冑の騎士の言葉が重なる。


「大丈夫だ。フランツひけ。彼女は私の命の恩人だ」


 ルードヴィヒはまだ少しふらつきながらもはっきりと言った。





 強面に見えた男は、ルードヴィヒの話を聞くとすぐに自分の非礼な発言を詫びた。


 リアは昔から地味だと言われていたが、「面妖な」などと言われたのは初めてのことで少なからず傷ついていた。

 しかし、それもルードヴィヒを心配しての事。どうやら彼はリアがルードヴィヒを攫ったのかと勘違いしていたらしい。


 それはそれでまた傷ついたが、女性が男性を担いで歩くというのはこの国では相当奇異なことに見えるらしい。

 戦場でリアは日常的にやっていたことなので、考えもしなかった。そういえば、レオンだけはリアに担がれることを頑なに拒否していたことを思い出す。

 

 ルードヴィヒはまだ少しふらついているので、フランツに肩を借りている。


「予定がないと言っていたね。リア、ぜひうちに来てくれないか? 私を助けてくれた礼がしたい」


 ルードヴィヒの申し出にびっくりした。それと同時に自分が追放聖女だという事を思い出す。


「いえ、お気になさらないでください。当然のことをしたまでです。せっかく部屋をとったので、今夜はこの宿に泊まろうと思います」

 

 ルードヴィヒは信用できそうだし、名残惜しいが、追放された自分が一緒にいたら、迷惑をかけてしまう気がした。


「リア、私に恩知らずな真似をさせないでくれ」


 まだ少し具合の悪そうなルードヴィヒに懇願され、断るわけにもいかなくなった。騎士のフランツも是非にと言う。少しだけならと自分に言い訳をして彼らについて行くことにした。結局、人恋しいのだ。

 


 そして宿を出るとそこには立派な馬車が止まっていた。しかし、馬車の先につながれているのは八本足の馬。


「スレイプニール!」


 リアが緊張を見せ、メイスに手をかける。


「おい!」


 騎士がぎょっとする。


「リア、大丈夫。あれは私の大事な馬だよ」


 ルードヴィヒが柔らかく声をかける。それでいくらかリアの気持ちも鎮まった。


「しかし、あれは魔物です」

「ここでは、魔物を使役するんだよ」


 リアはびっくりした。魔物を使役するなど初めて聞いた。すくなくともアリエデでは見たことがない。魔物はすべて敵だ。やつらは人間を見た瞬間襲いかかり捕食する。


「言う事を聞くのですか?」

「もちろん、気が荒くて使役できないものもいる。だがあれは大丈夫だ。大人しい」

「そうです。ルードヴィヒ様が使役しているのですから当然です」


 フランツが自慢するように断言する。


 リアはその後、ルードヴィヒと同じ魔物がひく馬車に乗せられた。こわごわ乗ってみたが、普通の馬車よりずっと乗り心地が良く、驚くほど速い。車窓から見える景色が飛ぶようだ。



 そしてついた先は大きな城がそびえていた。リアが唖然としている間に馬車は跳ね橋を渡り城門を抜ける。


「あの……ここは?」


 馬車から降りたリアがこわごわと聞く。


「ルードヴィヒ様から聞いていなかったのですか? ここはアルマータ公爵閣下の城です」

 

 とフランツが答えた。


「はい?」

「私はここで厄介になっているんだ」


 ルードヴィヒが苦笑交じりに言う。 


 貴族だとは思っていたが、彼は思ったよりもずっと身分が高いようだ。いまさらながら、どうしてついてきてしまったのだろうと後悔した。


 騎士のフランツも最初こそ怖そうな感じがしたが、アリエデの神聖騎士団のようなプライドの高さがなく、気さくな雰囲気だったので田舎騎士かと思っていた。

 

 いくら彼らがよさそうな人だとはいっても、王家に限りなく近いはずだ。身がすくむ。権力者はこりごりだったし、あまり近づきたくない人種だ。

 ルードヴィヒの加減を少し見たら、すぐに暇を告げようとリアは固く心に決める。



 だが、先触れをすませていたようで、城につくとすぐアルマータ公爵夫妻メルビルとルイーズが出迎えに現れ、リアは恐縮しきりだった。


 丁寧に礼を言われ感謝され歓迎される。ただ森で倒れていたルードヴィヒを連れて来ただけなのにすごい歓待ぶりだ。嬉しい気持ちよりも戸惑いが勝る。リアは追放聖女であるし、この国では得体の知れない人間だ。


 この人たちは、警戒しないのだろうか?











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