悪役令嬢の裏ストーリー

千葉 都

第1話 婚約破棄

「リリアーヌ・ラポルト、お前との婚約を今ここで破棄する!」


パーティー会場が静寂に包まれた。

高らかに宣言したのは、私の婚約者でもあるギルバート第二王子だ。そしてここは中央貴族学院の卒業パーティー。


「ギルバート様、今なんと…」

「聞いていなかったのか。お前との婚約を破棄すると言ったんだ」

「私たちの婚約は王家とラポルト侯爵家との間で結ばれたもの。いくら王子であっても勝手に破棄することなどできないと思いますが…」

「そんなことは問題ない。私が父上に真実を申し上げれば、すぐに認められることだ」

「真実…とは」

「知らぬとは言わせないぞ。お前がここにいるアルピーナ嬢に嫌がらせを、いや苛めていたことは分かっているのだ。証言も取れている」


王子に隠れるようにブロンドヘアの可愛らしい女性が寄り添っている。彼女がアルピーナ嬢なんだろうな。

それにしても庇護欲をそそるような女性だな。これに王子もやられたのか。婚約自体は政略的な意味しかなかったし、私もギルも愛情なんて持ってなかったから破棄されてもいいんだけどね。まぁ賠償はしてもらうけど。


それにしても正に『テンプレ』よねぇ…

……ん?テンプレ?なにこれ?

知っている気がする。……いいえ、確かに知ってるわ。

……っていう事は、私は……


「おいっ」

「…えっ?知りませんよ、そんなこと。ところでそちらの御令嬢はどちら様で」

「白々しい。俺がアルピーナ嬢と仲良くしているのを見て、嫉妬したんだろ。彼女の家が子爵家だからといって、許されることではないぞ」

「……子爵家の御令嬢……ですか。あぁ、思い出しましたわ。『婚約者のいる男性にベタベタするのはお止めなさい』と忠告しましたわね」

「忠告?それだけじゃないだろう。酷い言葉で罵っていたとも聞いてるぞ」

「知りませんわ。ところでギルバート様、私という婚約者がいるのに他所の御令嬢と随分と親しくしていらっしゃるのですね」

「アルピーナが私に相談してきたのだ。お前に嫌がらせを受けているとな。初めは私も信じられなかった。まさかお前がそんなことをするなんてな。だが、周りの人に聞いていくにつれてお前が嫌がらせをしていることがはっきりしたのだ」

「何故私に聞かなかったのです?」

「お前がそこまで性悪な女だとは思わなかったからな。お前に聞くまでもなくお前がやったと分かったんだよ」

「ふぅん。つまりは、私からそこのアルピーナ嬢に乗り換えたいから、多くの人の前で宣言して既成事実にしてしまいたいのね」

「そんなことを平然と言える女だからな、お前は。そんな女は私の妻に相応しくない。私の側にはアルピーナのような女性が相応しいのだ」


「『茜色の空の下で』……」

アルピーナはぽそっとつぶやいた。殆どの人が聞き取れないほどの小さな声で。聞こえた人も何を言っているのか分からないようだった。もちろんギルバート王子も。

でも私にはそれが何か分かった。一瞬顔色が変わったのだろう。アルピーナは見逃してはいなかった。

「ギルバート様、私、リリアーヌ様とお話がしたいのですが」

「お前の事を苛めていた相手だぞ。危なくはないのか」

「大丈夫ですよ。こんな状況で二人でいるときに何か起きたら、それこそ大事になるでしょ」

「まあそうだが、万が一という事も」

「二人っきりで話がしたいのです。ダメですか?」

「……仕方あるまい。だが部屋の外には護衛を残すからな」



――― 別室で ―――


「貴女、転生者でしょ」

「転生者?」

「『茜色の空の下で』、知ってるのよね」

「ええ、知っている、というか記憶にあるわ」

「いいこと、教えてあげるわ。ここは『茜色の空の下で』というゲームの世界。そのシナリオの一つなのよ」

「……ゲーム……シナリオ」

「思い出せた?」

頭の中を覆っていた靄がスーッと晴れていった。

「……恋愛ゲーム」

「そうよ」

「私、やったことがあるのね。でも……こんなストーリー知らないわ」

「貴女どこまでやったの?」

「えぇと確か……第2次の拡張シナリオまで」

「このストーリーはね、第5次拡張シナリオの中の1つなのよ。主人公は子爵令嬢の私。攻略対象はギルバート第二王子。そしてライバルは貴女」

「貴女はこのシナリオを知ってるの?」

「ええ、何度もやったからね。攻略の仕方もよく知ってるわ」

「………」



恋愛シミュレーションゲーム『茜色の空の下で』は主人公の女の子が様々なイベントを経て攻略対象と結ばれるというゲームだ。攻略はシナリオ中で起こるイベントで好感度を上げていく。だたし色々と邪魔をするキャラやライバルキャラなどもいるのでそう簡単にハッピーエンドを迎えられるわけではない。けっこう難易度は高めなのだ。


「私がそのシナリオのライバル役で貴女が主人公って事?」

「そう言ったじゃない」

「ということはあなたにとってギルバート王子は攻略対象?」

「そうだけど、家柄もいいしかっこいいじゃない。だから攻略対象って言うよりマジで落とせないかなって。元の生活には戻れないみたいだからこっちで生きてくしかないじゃない。パートナーとしては優良物件だからね」

「貴女には前の世界の記憶があるの?」

「あるわよ。って言うか、貴女は無いの?」

「ええ、なにも。このゲームをやっていたって言う感じがするだけ」

「ふぅん、じゃあ根っからのこの世界の住人なんだ。このゲームの知識があるって言うだけの」

「うーん、知識って程じゃないかも」

「でも貴女はライバルキャラだし、貴女から王子様を奪わないと私のハッピーエンドにならないから、ここら辺で退場してもらうわよ」

「……退場?」

「ええ。王子様の不興を買って王都を去るってとこかしら」

「どうしてそんな酷い事ができるの?」

「私の幸せのためよ。それ以外にあって?」

「そのためには周りを不幸にしてもいいって言うの?」

「一番は私の幸せだからね。邪魔になるものを蹴落とすのは当然でしょ」

「私が貴方を苛めたって言うのもでっち上げね」

「確かに貴女から忠告は受けたわ。でもそんなことで逆恨みなんてしないわよ。あれはギルバート王子を貴女から離すためのもの。王子なんて私の『チャーム』でイチコロだったし。話しを合わせるための男の子たちだって同じよ。主人公補正とチャームの力は最強なんだから」

「……『チャーム』?」

「私に好意を寄せる人たちが私と近づきたくなる不思議な力の事。モブキャラは無条件になびくからね。証言のでっち上げなんて簡単よ」

「それでそのストーリーって最後はどうなるの?」

「やっぱ知りたい?そうよね。貴女自身の事ですもんね。ちょうどね、ここがクライマックスなのよ。王子様があなたとの婚約を破棄するでしょ。貴女はいたたまれなくなって、独りで会場を去っていくのよ。その後王子は新しい婚約者として私を紹介して、みんなの祝福を受けるの」

「でも、みんな貴女のその『チャーム』って言うのにかかってるんじゃないの?そんな人達に祝福されて幸せなの?」

「別に心を操ってる訳じゃないわ。それに王子にはもう『チャーム』なんてかけてないし」

「じゃぁ王子は貴女のことを本気で……」

「そういう事。彼の中にあなたの居場所はないのよ。彼の心は私のものだから」

「……そう、なのね」

「もう逆転は無理って事。会場の中にあなたの味方はいないし、万が一婚約破棄が撤回できたとしても彼は貴女に振り向かない。ゲームセットよ」

「わかったわ。お幸せにね」

「あら、やけに聞き分けがいいじゃない」

「婚約者と言っても特にね。家同士のつながりのための婚約だったから。コソコソと浮気でもして公にでもなったら世間体も悪くなるし、かといって大っぴらに浮気していますなんて言えるはずもないからね。どうせあなたは第2夫人の座で満足する訳がないんでしょうから、王子が貴女と関係を続けるというのであれば私は邪魔物でしょ。それならいっそ別れた方がいいかなって。どうせ私に何て興味ないんだろうから」

「あれっ?もしかして貴女、彼とは……」

「えっ?まさか、貴女……」

「ふふっ」



――― 会場で ―――


「アルピーナ嬢、大丈夫だったか。何もされてないか」

「ええ、大丈夫ですわ。ギルバート様って本当に心配性なんだから」

「何かあるのではないかと気が気ではなかったのですよ。でも本当に何もなくてよかった。リリアーヌ、ここから出ていってくれないか」

「あら、ここは私たち『中央貴族学院』の卒業パーティーですわ。私も卒業生の一人として居てもよろしいのではなくて」

「この居心地の悪いパーティー会場にいたいのであれば勝手にしろ」

周りの目はやはり冷たいものです。これが『チャーム』の力なのでしょうか。でもね、これぐらいでめげる私じゃありません。伊達に辛い勉強をしてきたわけじゃありません。学院が終わった後、いつ使うか分からない王妃としての教育や、まつりごとの勉強もさせられました。貴族の醜い裏側の話なんかも山ほど聞いています。それに比べればここはとても穏やかですよ。それにこの後始まる王子の婚約宣言も見たいですからね。


「皆の者、聞いて欲しい。私は悪女リリアーヌとの婚約を先ほど破棄した。私にとってあの女が婚約者であったということは耐え難い屈辱でもある。だが、そんな私を優しく包み込んでくれた素晴らしい女性に出会うこともできた。私はその素晴らしい女性と婚約することを今ここで発表する。アルピーナ・セルファロス嬢である」

「「「「「わーーーーっ!!!」」」」」

ギルバート王子の横に立ったアルピーナ嬢は、勝ち誇った顔で私を見ました。彼女的にはこれでハッピーエンドなのでしょうから。


でも私はそういう訳にはいきません。慰謝料は貰わないといけませんし、私の人生はまだまだこれからです。学院の卒業は20歳。この歳になって婚約者のいない貴族の令息や令嬢は周りから不適格者扱いされかねません。王子から婚約破棄された私など相手を探すのも大変でしょう。しかも私はラボルト侯爵家の長女です。9つ離れた弟がいますが、のせいで色々言われては可哀想です。

という訳で、私は失った時間を取り戻すために奔走しなければならないのです。

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