04-02 思い出の味と一呼吸。
「──とまぁ、こんな感じなんだ。なので年齢と見た目があってないのも仕様だよ」
「そこまで来たらバグだろうがよ。はぁ〜、本当えらくキテレツなメンバーだなぁとは思ってたけどそういう感じだったんだなぁ」
「そうなのだ、色々あったのだ……。お前がもう一欠片悪いやつだったら今頃この場にお前はいなかったぞ」
「怖い怖い怖い!! 気持ちはわかるけど!! 本当にごめんな大体これ俺が玉座取られたのが原因だよな、絶対全力で偽魔王ぶん殴ろうぜ! 全部終わったら俺も殴っていいぜ!!」
「あぁ! いやお前は殴らないのだ、そこまではしなくていい」
ホエールフレーム号、談話室。
いい子いい子(?)と若干疑問符をつけながらもセルバがグレイスの頭を撫でる。グレイスは何か言おうとしたが、結局うめきながらされるがままになっていた。
スノーソルト山を守るヒカの結界の到達までまだ時間があるということで、今までのドタバタで情報整理がままならなかったグレイスのために、とクリスとセルバは雑談がてら今までの冒険を思い返すことにしたのだ。
話してみると結構な強行軍である。その中でやはり目を引いてしまうのは、これまで行手を阻んだ魔の針のことだった。
「そういうわけでジェムードはともかくレザーナはほぼほぼ確実に倒してるんだけど……」
「あぁ気にしなくていいぜ。何かされていたのかそうでなかったのかなんて関係ない、そんだけのことをしたんだ。当然の末路だろうよ」
いつかやるだろうなって思ってたし、とグレイスはため息をつく。
こひなた村を襲い、麦の守り手たちを利用して琥珀を生み出そうとした宝石屋ジェムード。エルフたちから多くのものを奪い、ハッカフローラインに異常を起こし森そのものを液状化させようとした革細工士レザーナ。どちらもグレイスには覚えがあるどころか顔馴染みだ。レザーナもジェムードも魔の針の幹部だ、偽魔王の魔力によって精神に異常を起こしていたのだろうとはいえやったことはやったことだ。
魔族の死は必ずしも絶対的なものではない、だがそれでも肉体を失うということは大きな負担となる。いつか復活するだろうがそれはその時、魔の針とはいえ今後も説得に応じないようならグレイスは彼らを倒すと心に決める。
「にしてもえげつない強行軍だぜ、ほぼいきなりラスダンに突っ込むルートでここまで来てたんだな!」
一旦話題を変えようと旅のルートをなぞってみる。玉座の強奪からプルガリオに件の手紙が届くまで少しラグがあったようだが、それでもこのスノーソルト侵入への日数は限りなく最短に近い。大体あのスノーソルト自体が難関と称されるエリアなのだ、向かうにせよ多くの準備が必要になる。
魔界への行き来はそう簡単なものではない。ピリカには(本人には細かな話は伏せていたが)魔王城の庭に直接アクセスできる結婚指輪もとい水鏡の指輪を渡していたが、それ以外となると結構大変なはずだ。かつてこちらの世界に侵攻した際に使われた“門“は今はほとんどが破壊され、機能が残っている門であっても機構が古くなっており行き先が相当ぶれてしまう。
そういう意味では、門がかつての状態で保存されている境界の灯台が一番確実なのだろう。あの門は長らく灯台守の管理下にある、行き先に関してもブレは少ない。が、その道中がえげつないことこの上ないのだがそれをクリアできるメンバーなのだろう。だからここにいるのだろうが、それもなかなか末恐ろしい。グレイス自身は元々人間たちや勇者にちょっかいを出すつもりはなかったが、それがなおさら加速するほどだ。
前時代の英雄の一人であるセルバに、一昔前とはいえ星の勇者であったパスカル。そして未来からきた月の属性を持ちながら星の属性に至った勇者クリス。あと賢者。スペックだけ考えればバカのバイキングだと言われてもおかしくはないのだ。強い奴らしかいねえ、欠点があるとすれば身体年齢がみんなして可愛らしいことになってしまってることぐらいか。いやそれでもしれっと初見で幹部を撃破してるの相当おかしいからなお前たち。
グレイスは頭痛を感じて頭を抱える。神獣の心臓を食べたことによって規格外の魔力を手に入れたとはいえ、ちょっと訳がわからないメンツの後衛に回ることになるのはグレイス自身なのだ。構成を考えるにパスカルとクリスが前衛、中衛にセルバ、後衛に賢者とグレイスになるわけだが……あの試練の動きを見る限り簡単なことじゃないことは確かだ。主にクリスが怖い、前振りなしでなんでもしそうだから怖い。
「やベェ不安になってきた、俺あんたたちに合わせられっかな……一応頑張ってきたつもりだけど自信ねえや」
「大丈夫じゃないかな。賢者さんやセルバが調整してくれるし、僕そもそもパスカルの合図以外でろくに合わせた覚えないし」
「任せると良いのだ! でもクリスはもうちょっと合わせるのにも慣れるのだぞ」
「らしいぞ勇者」
「アッハイスミマセン……」
そんなこんなで話をしていると、ふわりと甘い匂いが談話室にやってきた。そちらを見ると席を外していたパスカルが「よっ」と笑顔で手を振っていた。その片手には何かバスケットを抱えている。バスケットを見てセルバがパッと耳を揺らして目を輝かせた、どうやらなにかいいものらしい。
「なんだか盛り上がっておるの〜! 何の話をしとったんじゃ?」
「今までの旅の話を聞かせてもらってたんだぜ!」
「おぉ良いことじゃ、いいタイミングだったのかもしれんのう!」
ほれ、とバスケットから取り出されたのは甘い匂いが湯気に溶けて鼻をくすぐる、焼きたての分厚いパンケーキだった。
「あ、いないなって思ったらそれ焼いてたんだな」
「パスカルの分厚いパンケーキ! これ好きなのだ!」
「色々バタバタしたからのう、心の補給じゃ!」
『ジャムとクリームも用意してありますよ、お好きなのをどうぞ』
「野いちご!」「僕ハチミツで」
「えっえっ、何でもいいの?」
「たいていのものならストックしてるぞい」
「じゃあリンゴ!!」
パクリと一口食べてみる。ほかほかで甘さ控えめ、バターの匂いが喉を揺らす。何だか懐かしいなぁと切り分けられたパンケーキの味に、グレイスはふとピリカのことを思い出した。
城に遊びにきていたピリカが“今日は元気が有り余ってるから特別に分けてやる”と言って、時折パンケーキを作ってくれることがあった。彼女曰く元気を分け合う約束のパンケーキなのだとか、なんで約束? と聞いたら“いやしらん、お父様がそう言っていたからそうなんだろう”と答えていたのを覚えている。これは、あのパンケーキと同じ味がした。
『いやはやこれを食べると安心するんですよね。この、こう、生地が分厚くてしかもガッツリしっかりしてる感が』
「おやつっていうよりご飯寄りなんだぜ、マジで美味しい」「そうなのだそうなのだ、美味しくてあったかいから心がポカポカするのだ」
「素朴な味ってなんかホッとするもんね。っていうか王様っていろんなもの作り慣れてるよな。普段から作ってたのか?」
『冒険の名残でしょうね、そうでしょうパスカル』
「そうじゃのう、まぁそういうもんじゃの。……老いぼれの話なんぞ聞いても面白くないじゃろう? ほれクリス、頬にクリームがついてるぞい」
「ん、ありがと」
ふと、頬杖をついたパスカルがパンケーキを食べるみんなを眺めて微笑んだのを見た。目を細めて、その奥にある星色の瞳がきらきらしている。小さな子たちを見守るようなその仕草の先に、感情の色が魔の瞳に映る。優しさ、施し、期待、魔族は心で相手を見る。ピリカと同じ小金色の太陽のような暖かさに、鉄線のような何かがグレイスの思考を遮った。
「(……痛み?)」
笑ってるのに何で? と、聞く勇気をグレイスは咄嗟に拾うことはできなかった。
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