03-10 片腕を失ってでの勝利、けれどもそれは確かな一歩。
『“
一つの星が勝利を牽引する。跳ねるような速度で魔神の影へと詰め寄るその道は、グレイスの白金の枝とセルバの矢によって一筋の光のようにか細くも強くクリスを導いた。魔神の影の魔力が枝のように覆いかぶさる、その網目の影に差し込む光にパスカルが大剣を煌めかせ影の魔力を吹き飛ばす。呼吸さえも喉を締めるような緊張感の綱渡りに、人の姿へと変化した賢者が
「命を刈るオーツの神の爪先よ! 我、天満ちる黒金の
大荒れの波のように荒れ狂うエナの中を突き進み、クリスの右腕が握るオーツ神の収穫鎌が魔神の影に到達する。しかしそう簡単には触れさせないというように影の持つ変容した勇者の剣が刃が割り込む、ぎりぎりと鋼と執念が擦れ合い火花を散らす。魔神の影が翼で己を覆い始める、リィンの魔法を聞いたからだろう。戦闘中に響くその詠唱は完成することで凄まじい威力の貫通魔法となることを知っているからだ。それを察知したクリスとパスカルは両翼を削り落とすが如く息もつかせぬ猛攻を仕掛ける。同じ場所に同じように、これまでの短な冒険の中でもクリスとパスカルの呼吸は互いを掴んでいた。
大剣の上段からの振りかぶり、大鎌の下段から上段への大胆な切り上げ、体を真っ二つにすることを厭わない刃は逸らされるもその程度で諦めるクリスではない。くるり、舞うように大鎌と共に翻し魔法を紡ぐ。
「大地、風、水、失われたリィンが否定した12の星は確かに瞬いた!」
その一節が形となった瞬間、魔神の影が一瞬だけたじろいだ。それもそのはずだ、リィンの魔法はその詠唱の通り女神リィンの旅路に沿って展開される物語の力を借りる魔法だ。この大陸での旅と冒険の女神であるリィンの歌、だがクリスはその歌を真っ向から否定する言葉を詠唱に組み込んだ。言葉の魔法は魂のぶつけ合いといってもいい、その覚悟の強さが直接効果として現れる。しかし信仰に頼らない言葉の魔法はあまりも脆く、弱いとされている。人間の想いの強さを測れる尺度は今現在でも作られていないのだ。
「ッ――!!」
派手に防御態勢を取った魔神の影はその選択に焦った様子を見せる。貫通魔法を見据えて一瞬で防備を固めた影の体では、この場から飛び退くことは難しい。そう、この歌はリィンの言葉ではなく、クリス自身の覚悟の声なのだ。
呼吸を阻害させようと攻撃の矛先がクリスに向く、しかしそれの着弾をパスカルとセルバが許さない。王家の大剣と精霊の弓矢が異形の勇者を全力を持って守る。火花の熱が頬を、腕を、喉を焼く。
「ひとよ、幻想に眩むことなかれ」
詠唱が完成する。
「 “この世界はお前のための人生だ“ ――そうだろ、グレイス!!」
「ったりめぇだ!!」
そうさせるかと魔神の影が剣を巨大化させなぎ払おうとしたその瞬間、魔神の影の動きが停止した。魔神の影のどろどろとした瞳が焦りを見せる、剣を握るその手は縛り付けられ手放すことさえも許さずその両足は地面へと縫い付けられている。魔神の影の体には白金の枝によって身動きができない状態になっていたのだ。影が困惑する、魔力は影の方が上回っている。普通ならばこのような小さな拘束一瞬で引きちぎれるだろう。だが、困惑したのはその部分ではなかった。
一秒、その一瞬。
そのたった一秒を稼ぐためにこの場の全員が信じ、この途端場でその判断と行動を下せたことだった。
「僕たちの勝ちだ」
確殺距離に踏み込んでいたクリスが確実な一歩と共に、大鎌を振るう。
命をあるがまま切り離せる収穫鎌、その一撃は苛烈でありながら静寂に満ちている。魔神の影の首が落ちる、首が死に際に言葉を残した。「なぜ」と。
なぜ、あの一瞬で“クリスは一秒稼げば確実に殺せると信じられたのか”と。
「やれない方が、おかしいからのう」
肩で息をしながらもパスカルはその問いに応える。単純な話だ、この戦いで螺旋の勇者クリスは初代勇者メルクリスの魔力によって阻害されたがために苦戦した。だが七年後の未来で螺旋の勇者クリスは、メルクリスの魔力を保有してもなお魔神の首筋まで迫っていたのだ。あと一歩、本当にただあと一歩だったのだ。そもそもクリス自身の戦い方は倒した存在の力を継承し自身に取り込む異形の力、メルクリスの魔力に依存せずともクリスは既に魔神を殺せるだけの力を手に入れていた。
だったらそのあと一歩を実際に踏み込ませればいい。そのために大がかりにクリスはわざとらしい詠唱で影の気を引き付け、そのクリスをパスカルとセルバが全力で守ることで賢者の補助を受けたグレイスの白金の枝の到達を限界まで隠した。クリスの敗因となった躊躇いは存在しない、もし躊躇いが発生しても今はパスカルやセルバ、グレイスに賢者といった多くの仲間がいる。
「仲間、か」
それが勝算なのだと知った螺旋の勇者はもう言葉を発することはなかった。それが敗因なのだと思い知らされた魔神の影は消滅した。
◆
『見事なり、小さな勇者たちよ』
異空間の空が滲み、そこから骨なるものの声が響いてくる。気がつけばパスカルたちは骨なるものの最深部、心臓の間に転移していた。今までの空間とは全く異なって本当に鯨の心臓の目の前に立つかのように肉肉しい壁や床、腐りかけの異臭が凄まじい。凄まじすぎてセルバとグレイスが戦闘直後で気が抜けたのも重なって「ぎゃーッッッ鼻がバグるのだ!?」「ヒィーーーーッッッ待ってグロいグロいグロいッッッ!!」と悲鳴をあげておった。
「お眼鏡にかなったかな、神獣さま」
『無論だ。皆、見事なものであった。そしてクリスよ、お前の痛みをも踏み越える異形の覚悟、確かに見せてもらったぞ』
試練は無事に越えた、ということらしい。だが、クリスは意外なことに少ししょげている様子じゃった。
「……、やっぱり僕って螺旋っていうより異形のカテゴリになるんだな……」
『あっそこ気にしてるんですね、かわいいですね』
「えっ十分かっこよくね?」
「魔族の基準ならそうなるのはわかるのだが、クリスは人間なのだぞ」
「……そういえばそうだな!?」
「グレイスゥ!! 聞こえてるからねグレイスゥ!!!!」
「まぁまぁ、気になるようならわしがもっとかっこいいの考えるからの」
相変わらずの空気になったところで、骨なるものが『では』と話を切り出す。うむすまんの、すぐ脱線するからのこの一行。
『私の中に入り込んだ魔神の影の一欠片を消し去ったことを含め、試練を越えたことでお前たちは星を示した。……予想以上の成果だ。私は、お前たちに賭けるとしよう。――さぁ、この心臓を喰らうといい』
そうしてあっさりとまた、骨なるものは命を丸ごとこちらに賭けると言ってきた。だが、みんなそこまで驚いた様子はなかった。これまでのことで骨なるものが限界に近づいていることはよくわかっていた、最終的には彼の命を潰すことになるであろうこともみんなそれぞれ感じていたのだろう。
そうなると問題は誰が骨なるものの心臓の力を得るかという部分だった。神獣の力は莫大なものだ、この力を持てば全盛期の姿に戻ることも叶うだろう。視線は自然とクリスに集まっていた、戦闘を終えたことでクリスの右腕から生えてた金色の魔力の骨は消えている。クリスが自分自身の意志で切り捨てた神の紋章と右肘から下の肉と骨、少なくともそこをどうにかするべきだとセルバも考えているようであった。が、最終的にはクリスの意志次第だった。
クリスは「僕?」と決定権の在りどころに一度首を傾げたが、すぐに納得したようでほんの少しだけ考える素振りを見せた。そしてクリスが出した答えは、納得に足るものだった。
「グレイス、お前がいけ」
「おうっ、……ええ゛!? い、いいのかよ? だってお前、腕……」
「気にしなくていいよ、こっちはそのうちどこかで補填する。僕よりもグレイスのがまずいはわかってるしな、魔力ギリギリなんだろ」
「う……それは、そうだけど……みんなはいいのか?」
「異議なしなのだ。グレイスは確かに魔王だが、魔力がないなりに全力で支援を飛ばしてくれたのだ。その行動は、評価すべきだからな」
「わしも構わぬぞい! クリスならそういうじゃろうと思っとったしの」
『私も賛成で。後衛が増えることは良いことです、いつまでも私の魔力を貸す訳には行きませんからね』
「みんな……、わ、わかった。……助かるよ、ありがとう」
全会一致、推し進められたグレイスがおずおずと骨なるものの心臓の前に立つ。
「いいんだな?」
『あぁ。……あとは任せた』
「お、おうっ! 任せとけ」
グレイスの白金の枝が、骨なるものの心臓に食らいつく。神獣の力がグレイスに注ぎ込まれ、枯渇寸前で耐えていた一人の魔族の血に熱を帯びる。白化していく骨なるものの中、その力が完全にグレイスの魂に注がれた瞬間。
『運命の束縛から逃げ切れ、星屑の勇者たちよ』
骨なるものの命が潰える音と共に目を覚ます。
そこは、試練に挑む直前に立ってたあの倒壊した神殿跡地だった。
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