03-06 スカイライダーは家名呼びが基本だぞ、色々訳ありなんだ
風が空洞を吹き抜けるような音を立てて飛空艇ホエールフレームが羽ばたく。ランディングの戦闘音を引きちぎるようにぐんぐんと高度を上げ、高空域を目指す。……のだがあっちもそう簡単に諦めてくれるわけもなく、ホエールフレームの描くエナの雲を追いかけカナモノたちが追いかけてくる。お前ら本当にしつこいな! そういうやつだったよなお前ら!!
「ああもうっ、もう! うじゃうじゃ気持ち悪い上に嫌な音までするししつこいし嫌いなのだー!!」
「数が多いというよりも単純にそれぞれの個体がしぶといのう! キッツイのう!」
『なかなかの執念深さですね、次の群れが来ますよ。備えてください』
「おいおいおいまだ来るのかよ! コック! マジでそういうところだぜ!?」
遠距離攻撃ができるセルバ、パスカル、そして魔法での撹乱を行う賢者のおかげか船に取りつかれてはいないもののいつ接近戦に持ち込まれてもおかしくはない勢いだ。正直今の状態でカナモノを相手にするのはかなり厳しい、早く振り切らないと本当にまずい!
「ベンタバールさん!」
「任せな〜! ――まあ実際あいつら空から来てるわけだしな、そう簡単にはいかないよなぁ……ちょっと気合い入れて飛ばすぞ〜!! シルキーズ、頼むぞ〜!」
『『『アイ・アイ・サー!』』』
シルキーズと呼ばれるホエールフレームの召喚クルーたちの息のあった応答と共に、空を行く鯨の骨は風に乗る。加速に気がついたのか、カナモノたちは勢いを増しその中で特に大きなカナモノから強烈なエナが膨れ上がるのを感じた。
カナモノに乗って追いかけてきている魔の針コックから発せられているそれに嫌な予感が疾る、やつが握っていたのは体躯さえ小さく見えるほど大きな銛だった。やべえあれ投げてくるやつじゃん!! 待て本当になんだあのパワー!? あれが魔王の魔力ってことか!?
「食材が逃げるなー!」
「誰が食材だバカヤローーーーッッッ!!!」
肌がビリビリするほどのエナの熱量にベンタバールが「ゲェッ!? 何!? 撃龍槍!?!?」と悲鳴をあげ『あれ当たったら流石に死にますねぇ!』と賢者が全員に魔力障壁の号令を出した。
「賢者ァ! 詠唱先導するのじゃ! 新式じゃ間に合わん!」
『お任せを、皆さま続けて唱えてください!』
こちらも勇者に授けられた無色の魔力を叩き起こして障壁にエナを注ぎ込む、ホエールフレームの側面に砲撃を逸らすための鋭利な盾が形成されるもあの凄まじい魔力量を考えると腹の底が冷えていく。冷気を飲み込んで賢者さんの詠唱に続く、それは僕たちが使うリィンの言葉よりもさらに古い魔法の言葉だった。
『「
鋭角の魔力の盾が色を纏う。魔の針コックが放った巨大なエナの銛が放たれ、みんなのエナと詠唱の結晶が魔王の魔力とせめぎあう。一瞬の時間で鉱石同士が削れ合うような轟音が駆け抜け、そして魔力の銛は鋭角によって力の方角を外され船の端を掠めて大空にすっ飛んでいった。
「よし! 逸れたのだ!!」
「よくやったのじゃ! あんなバカみたいな攻撃連発はできんじゃろ、今のうちにずらかるぞい!」
なんとか逸らすことに成功したらしい。あんな魔力を直撃したら船どころかこっちがやばかった……と安堵するのも束の間、なんとエナがまだ動いている。は? まだあるの? え、さっき投げたよねなんでまだ持ってるのあの銛。
「「もう再装填してるーーーーッッッ!!??」」
僕とグレイスの悲鳴が重なる、二射目は考えていなかったわけではないが想像以上に装填が早すぎる。あんなもの撃つ側もただじゃ済まないと思うのだけどその辺の躊躇いが微塵もない、やっぱりあいつ正気じゃねえわ!! どうしよう!?
一瞬、自身が所有している“切り札”の存在が脳裏を掠めた。使うべきか? けれどもあれは僕が一人で戦っていたから使えたものだ、今の状況でこいつを切ったら最悪仲間を巻き込む。けれど使わなくても船がやられる、どうする? みんなはあれに耐え切れるのか?
迷いと焦りから左手の薬指に手が及ぶ、骨に埋めた力が臨界寸前まで熱を持つ。六つ目の指骨の力が心臓に問いかける、使うべきは本当に今か……?
ふと、舵を握るベンタバールが顔を上げる。風が吹いて、その表情が色を変えた。
「風が来る」
どこかふわふわしていたはずの彼の声が凛と響く、するとまるで本当に呼び込んだように雲の中から巨大な影が飛び出してきた。
「――――――」
雲が揺れるほどの“声“が、橙の空に走った。
「今度はなんだぜ!? デケェ鯨ァ!?」『おやあれは……』
影はその全容を認識するよりも先に、コックを含めたカナモノの群れに覆いかぶさる。蜘蛛の子を散らすようにカナモノたちの群れはちりぢりになり、体勢を崩されたせいかコックが装填していた魔王の魔力が解けた。
「敵が、退いていく……?」
「流石の魔力でもあの方相手では手が出せぬ、ということなのじゃろう。はぁ〜〜〜〜死ぬかと思った〜〜〜〜!」
どうやらパスカル王や賢者、セルバはあの大きな影がなんなのかを知っているらしい。
それは大きな、小島一個もありそうなほど大きな空を飛ぶ鯨だった。所々に植物が生えているせいか、島そのものが動いているかのように見える。その雄大な姿に圧倒され、その感覚に何か懐かしいものを覚えた。どこだっけ、どこかで似たようなものを見たような。
『神獣“骨なるもの“……この空の、神の領域に等しい存在ですよ。勇者嫌いと聞いていたのですが、よもや現れるとは……』
パスカルたちが表情を引き締めるほどの存在に、その一方でベンタバールはどこか散歩先で友人にバッタリ出会したかのようなテンションで手を振っていた。
「神獣様久しぶりー! 助かったぞー!」
「――――――」
「うん、俺たちは無事ー!」
「――――――――」
「んー……やっぱり何言ってるのか全くわからん」
「え、喋れるわけじゃないの」
「いやーなんとなく空気で気分はわかるんだけどさ、細かいことはわかんねーわ」
この人だいぶ自由だなぁ!
「ついてこい、と言っているようなのだ」
「神獣様が直々にじゃと? ベンタバールよ、行けるかの?」
「任せなー、お招きとあらば無視できないしな〜」
――骨なるもの。
その響きにざわめくものを感じながら、かのものの導きに船は風に乗る。ただこの時、クリスは……いやこの場の誰もが予想さえしていなかった。
この騒動が、大陸そのものを巻き込む大きな大きな戦いの始まりに過ぎなかったということを。
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