第二章:呪いに揺れるハッカの森と気高く幼きエルフの王
02-01 黄金麦とハッカの森のインターバル。
無事こひなた村の事件を解決した一行は沢山の感謝と涙にお別れをし、村を出たその日に本来の目的である南のスノーソルト山を目指してマスコットベルトを越えた。そして勇者たちの進む道は徐々に深緑の木々に覆われ森特有の涼しい風が魔法馬車を導いていく。
南の国境線に近い森林地帯はハッカフローラインと呼ばれており、その名の通り自生するハッカの香りが魔物を退ける自然の防壁として機能していた。プルガリオ王国からよじの国へ最速で向かうためにはこのハッカフローラインを抜けるのが一番、その道中でエルフと妖精たちの村を通過することにはなるが彼らはこちらがきちんとしていれば友好的な種族だ。
魔法馬車を引く霊馬は往く、今日も背中の友人は元気そうだと耳を傾けながら。
「意外だな、って思ったんだよな。今回の件」
「む? どのあたりがじゃ?」
「急ぐと思ったんだ、その……字面はあれだけど旅の目的を考えるとあまり時間がない旅だろ。王様なら兵士を呼び寄せて任せることもできたんじゃないかなって」
『あぁ、その辺りは私も驚きましたね。あのパスカルが駄々をこねずに救出を優先するとは……』
「お主らわしのことどう思っとるんじゃ!? わしだって勇者じゃもん優先順位は決めとるぞ!?」
『十四歳の冒険の頃にそれが出ていたらと思うと涙が出てきますね』
「あぁ……やっぱり昔も大変だったタイプなんだな……」
『それはもう、ほんとうに。だからこそとても好ましく思っていますよ、成長しましたね』
「むむ~、そこはかとなくおちょくられている気がするがまぁよいぞ。ふふんっ、褒められるのはいつになっても悪くないのう! それに今回は無視できない理由が沢山あったからの、頑張ったのじゃ! 褒めよ褒めよ!」
「わーパスカル王かっこいいー。それで無視できない理由って?」
『あ、分かりました。エピ殿を敵に回したくなかったんでしょう』
「そうそうやつとの相性はめたくそに悪くて毎回ぼこぼこにされってちがーうっ、友人の危機を無視してピリカちゃんを助けたとしてもピリカちゃんが許してくれんじゃろうがっ!!」
『それは確かにそうですね。神が許してもピリカ様は絶対許さないでしょうね』
「あぁ……ピリカ様ってそういう方だったのか……、なるほど」
「なのでここから先も何かあったらわしは出来る限り解決の為につっこむぞい! まぁ、わしが首突っ込まずとも先にクリスくんのほうが突っ走りそう感あるがの」
『分かります。歩けばトラブルに当たるタイプですよね』
「うぐ……否定できないのがなんとも」
「褒めちぎる隙間がなかったから今褒めるぞい、エピを相手に単騎で切り結ぶとはクリスくんやるのう~~~~~!! 七才とは思えぬ剣の才能じゃわい!! よくやったのじゃ~~~~!!」
「わわっ、あれは、え~ええと……無我夢中だったから、あんまり覚えてないというか……その……」
『ご謙遜を。エピ殿の大鎌は元々装甲貫通が高いものです、それをあのようにすべて弾くことで貫通を回避しながら削りにいくなんて中々出来る芸当ではありませんよ。きっとクリスくんには天賦の才が授けられているのでしょうね』
「そ、そう、かな。だと嬉しいな……ハハ……」
「(い、言えない……多分エピさんのなれの果てと思しき混濁の使徒に殺されまくって結果的にめちゃくちゃ戦ってたからモーション全部覚えてたなんて言えない……! むしろあれよりまだ優しかったとか絶対言えない!!)」
「(前はなんであんな風に泣き叫んでるのか分からなかったけど、事情が分かっちゃったあたりから本当に胃が痛かった……! 多分あの使徒はエピさんとクラム両方攫われて宝石化されたんだ、だから親子が混ざったような形だったんだな。さっくり過去改変になってる気がするけどどっちみち伏線回収しなくてよかったーーーー!!)」
「(……にしてもサイファー? のお陰で免れたけど逆に言うならサイファーの動きがなかったら大惨事確定の中で戦わなきゃいけなかったんだよな。……信託の勇者、か。一体何者なんだろう……)」
「お、どうしたクリスくんや黙り込んで。ほうほうもしや褒められ慣れてないのか、愛いのう愛いのう~~!」
『あぁ~目の保養になります、素晴らしい……顔のいいショタは健康にいい……』
「あの王様、あそこの変態がだいぶ怖いんですが」
「うむさっきのはだいぶ気持ち悪かったの、箱にしまうか」
『わーっカメラ没収はご勘弁をーっっっ!』
「ところでなんかめちゃくちゃスースーする匂いしないか? なんだ?」
「あぁこれは森の中心部に近づいてきた証じゃよ。この森の中央には風の大樹……ハーブの群生樹があっての、近づくにつれてこうやって香水のような風が吹くようになるのじゃ」
「へぇ。……ん? ハーブの……樹……?????」
『プルガリオ王国周辺ではよくあることですよ。さて、ここで授業のお時間です。風の大樹の麓には妖精たちの住まう里、眠りの里があります。妖精たちはいたずら気質で中々癖が強いことで有名ですが、この森に住まう妖精たちは比較的話ができるものたちなので友好的に接してあげてくださいね』
「ん、わかった。妖精って聞くと怖いイメージがあるけれどそうじゃない妖精もいるってことだな」
「ふふふ~わしは今から会うのが楽しみじゃよ、妖精たちはみなめんこい姿をしておるからのう~! この時期なら運が良ければ翡翠の歌が聞けるかもしれんしの!」
「翡翠の歌?」
『里にはかつて戦で活躍しその消耗から眠りについたエルフの女王が眠っていらっしゃるんです。その女王様を癒すために妖精たちが森の力を借りて紡ぐのが翡翠の歌と呼ばれる独自の共鳴行為ですね、翡翠祭りといって一般にも公開されているので可能なら立ち寄ってみましょうか』
「翡翠祭りなら里長の占いも頼めるかもしれぬ、妖精の占いは予言ほど拘束力はないものの加護として優秀じゃからの! これから先の旅の為にも祝福してもらおうぞ」
「なるほどなぁ……そういえば二人とも妖精にも詳しいんだな。知識だけじゃなくて、こう、地域のことは大体把握してるって感じがする」
「ほほー気が付いたか、これでも大陸をぐるっと巡ったからの。全部とはいわぬが訪れた土地のことは詳しいぞい! それに妖精やエルフに関しては賢者が一番馴染みがあるものじゃからの」
『あ、言うんですね。えぇ実は私ハーフエルフなんですよ、ほら』
「うわ鳥がでかいイケメンになった……! 見た目は純エルフにみえるけど、違ったんだな」
『実際の違いはエナに出ますからね、エルフ種以外には見分けはつかないかと。まぁハーフとなると中々種族の中でね、色々ね、なんやかんやとありましたが現在はパスカル王の賢者として人生を謳歌させていただいてます』
「本当に色々あったからのう!! そりゃあもう本当にのう!! じゃが知識と魔法の腕は本物じゃ、バンバン頼るがよいぞ。わしもバンバカ頼っとるからの!!」
『よく頼られてます。なので知りたい魔術や魔法、知識があったならクリスくんも遠慮せずお申し付けください。突っ込みます、脳に』
「教えてくれるのは嬉しいけど脳に直接インストールは怖いよ!?」
「マジでヤバいときは予告なく突っ込んでくるから今のうち覚悟キメとくがよいぞ」
『いい悲鳴を期待していますよ』
「ひぃ怖いっ、ってなんでそんな慣れた感じなんだ!? 肩叩かれるみたいなノリじゃないよなそれーーーー!?」
魔法馬車は深緑の道を往く。徐々に深まる彩りと陰り、薄れていく風に霊馬は嘶く。
その足元は、どろりと澱みを孕んでいた。
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