01-07 小さなこむぎの子の大きく、そして確かな勇気。
強烈な輝きによって一瞬目が潰れそうになる、それでもなんとか見つけたその影は人の形をしていた。まっさらなドレスのようなものを身にまとった、三つ編みをさげた長身の女性。その表情がまるで鋼鉄のようになにもなく、まるで生きた人形のようだった。
そうして現れたそれは手に金色の鎌を持ち、神官かのようにするりと現れる。その姿にパスカルは「うそじゃろ」と驚愕の声を零し、クリスは意を決したかのように息を吐いた。
そして、クラムは。
「あれは……おかあさん……? おかあさん……!!」
彼女の正体に目が眩んでしまった。そう、目の前のそれはクラムの母、エピにそっくりだったのだ。一瞬の隙に緊張の糸が切れてしまったクラムがエピに駆け寄っていく。クラムはもう泣きたかったのだ、言いたいことが沢山ある、謝りたいことが沢山ある。
「────……ァ、」
けれどそれは今でなかった。
「いかん!」
「っだめだクラム! 危ない!」
「え、うわあっ!?」
ひゅん、空気が切れる音。ギリギリのところで理性がクラムを捕まえ引っ張り、ばたんとクラムは尻餅をつく。あまりに急なことでクラムはくらくらしたまま前を見ると、そこには真っ直ぐに裂けた大広間の床があった。まさかとクラムは血の気が引いていく、見上げればそこにはまるで別人のような顔をしたエピの姿がある。そうして気が付けばクラムの両手は本能からかオーツ神の収穫鎌を構えていた。
痛みが奔る、クラムの足に真っ赤な線が引いた。
「あ、れ……、おかあさん、? なんで……?」
どくり、どくり、琥珀の鼓動はまるで少女の鼓動のように沸き立つ。
「クラムちゃん! クリスッ、まだいけるな!」
「いける! あいつは僕が抑える、王様はクラムちゃんを!」
エピの姿をしたそれが金色の鎌を振り下ろす。
冷えていく頭の中、クラムは茫然と母を見上げる。あぁ、今、私、何をしたんだろう?
「ァアアアアアアアアアアアアア!!」
「させるかぁ!!」
ギィンッと鳴り響く金属音でクラムの焦点が戻ってくる。限界寸前の力を込めたのであろうクリスの剣が彼女の鎌を弾くと、そのままクリスはたった一人で彼女を相手に斬り合いに挑んだ。それはまるで剣舞のように激しく、一瞬の隙さえ見せればどちらかの腕が飛びかねないほど鋭いものだった。
クラムはなんとか立ち上がろうとするも、今さっきのことが心に重しをかけてうまく足に力が入らない。ふらつきかけたその小さな体を、必死に追いかけてきたパスカルは慌てて支えた。
「クラムちゃん! 走れるかの!?」
「ッ、は、はい!」
動け、動け! 呪文を唱えるようにクラムは足を叩くと、痛みで身体が目が覚めたのかようやっと言うことを聞いた。パスカルはそれを見て意を決しつつもクラムを連れて大広間の入り口のほうまで退避する。
「賢者ァ!!!!」
『お任せを!! クリスくん下がって!!』
「ッ! あぁ!」
斬り合いの剣舞から弾き時を見つけたクリスが一瞬の隙間をこじ開け、エピの姿をしたそれに蹴りを加える。
「ガアァッ!?」
そのままの勢いでクリスは身を翻し、エピらしきそれから人一人分の距離を取ったところで賢者がそこに割り込んだ。
『ここが私の踏ん張りどころォ!! 私式特別魔法以下省略──”
賢者が青い鳥の姿から解けてローブを纏った人の姿に戻る。両手を広げて立ち上げた魔法は大広間を真っ二つにするほど大きな壁になり、一時彼女を分断する。しかし壁向こうになった彼女はまだ攻撃を諦めていないのか、ガキンガキンと物騒な音を立てつづけている。あまりにも攻撃が重いのか、衝撃を受けても尚耐える賢者のフードが吹っ飛んで滅多に見えない表情があらわになった。
「賢者さん!?」
『ノープロブレムです! でもあまり長くは持ちませんよぉ!』
とがった耳をぴこぴこ動かしながら賢者が唸り声をあげる。
「少し考えるから頼むぞい!」
さぁちょっと考えようか!
「あ、あのっ、あんまり信じたくないけどおかあさんだと思いますっ、鎌の使い方も構えもおかあさんだもん。……さっきは油断してごめんなさいっ」
大鎌を握りなおしたクラムが頭を下げる。けれども、クラムの気持ちはパスカルもクリスもよく分かっていた。
「あれは仕方ないの、やっと会えたんじゃから飛びつきたくなるのが本音じゃろうて。気にせずともよい。しかしそうか……やはりあいつか……」
「あの琥珀のエナが暴走してエピさんを乗っ取っているんだと思う。あのエナは全部こひなた村の人たちから引き出したエナみたいだから、相性が良すぎて混線……というか混ざり合ってしまってるんじゃないかな」
それぞれ意見を出し合う最中、尚続く攻撃の衝撃が大広間を揺らす。まるで、あまり時間は残されていないのだと追い立てるようだった。
『クリスくんの意見が正解に近いようです。エナを見ましたがえぐい絡まり方してますよ、どうにか引き剥がさないとエピ殿自身がまずいです』
その言葉にパスカルは一気に考える。
──賢者がそういうということは、このまま打倒してもエピの命が危険ということじゃ。どうにかしてあの琥珀のエナからエピを引き剥がしつつ、琥珀のエナを傷つけないように対処するしかない。琥珀の中にはこひなた村の村娘たちが取り込まれておる、琥珀を叩くのは危険じゃ最悪全員死にかねないそれはだめじゃ! 考えろ、考えろ考えろ!
「
──どうする?
パスカルの目にクラムが持つ大鎌が映った。
麦の守り手、大地のエナの加護を一心に受ける娘たち。絡まったエナ、大鎌。────あぁ、その手があった!
「そうじゃ!! 収穫じゃ!!」
◇
「えっ? 収穫?」
なんだそれ? とクリスが首を傾げる。どうして収穫? とクラムは不思議そうな顔をした。しかしそんなことは気にせず話を続けた。だってこれしかないんじゃもん!
「クラムや、麦の守り手として収穫の儀については学んでおろう」
「お祭りの……? うん、毎年やってるよっ」
「それじゃ!!」
「え、えっとどういうことだ?」
うむうむ分かる、分かるぞ、これあまり表に出ない話じゃからのう!
「エピから聞いたことがあるのじゃよ。麦の守り手はエナの収穫手でもある、大地のエナをあるがまま切り離しエナの力を麦に残したまま”収穫”をするのじゃと」
エナの在処は基本的に大きなものに依存する、例えば畑と麦の場合大地のエナは畑に宿っている。普通に麦を刈り取った場合、麦に宿っていたエナは時間が経つにつれ抜けていき最終的にただの麦に戻る。しかし麦の守り手たちは畑から大地のエナが宿った麦を切り取っても、麦にエナを残したままの状態にできる技があるのじゃ。それが収穫、大鎌を用いてエナを互いに固定させたまま切り離す技術なのじゃ。
大地のエナが宿った麦は普通の麦よりも長持ちで味が良くなる、マスコットベルトの麦が大陸中から愛されるのはそういった特性があるからじゃ。
『なるほど。エピの力の本来の使い方ですね、確かに今の状況ならそれが最適でしょう』
「しかし問題点がある。これは麦の守り手として修練を積んだクラムにしかできぬうえ、……エピに大鎌を向ける必要があるのじゃ」
必要なこととはいえ肉親に武器を向けることは、どう考えても異常だ。
正直こんなことはさせたくない、させたくないがしなければ最悪クラムは母を永遠に失ってしまう。クラムの覚悟が試されることになろう。……わしに出来ることはいつだって相手を信じることだけじゃ。
「クラム、できるか? きみは助ける為に武器を人に向けられる?」
「っ、……」
事の重大さを知ったクリスが慎重に問いかける。
クラムは流石に驚いたのじゃろう、困惑の表情を見せる。苦しいか、しかし予想よりもクラムは素早く応えてくれた。
「やります、やらせてください」
暗がりに落ちかけていたクラムの大きな瞳に星が瞬く。
「おかあさんと村の皆がいなくなるなんていやだ、それ以上に怖いことなんてないです」
だから。
吐息が決意を呼び起こす、手のひらに食い込む爪の痛みが覚悟になる。
「おかあさんに大鎌を向けることがどれだけ恐ろしいことであったとしても、私はみんなを助けたい!!」
助けて、村に帰って、ちゃんと謝るんだ。
その想いに勇者の力が応える。与えられた祝福がクラムの覚悟を認めるように、身体の痛みが引いて力に代わる。あぁそうじゃ、長らく忘れておった。勇者の力は決して自分自身の想いの強さだけではない、頑張る誰かの想いに応え力に代えるものじゃった。
「──……!」
クリスが息を呑んだ。おそらく初めてなのじゃろう、誰かの勇気から力をもらうこと自体が。視線に気が付いたのかクリスがはにかむ、うむ、調子が戻ってきたようじゃな!
『分かりました、私もできるかぎりの支援を行いましょう。パスカル王、勇者クリス』
「あぁ! いつでもいける!」「任せるのじゃ!!」
『いいお返事です。クラムさん、覚悟は良いですね』
「はい!!」
『よろしい。さぁ皆さん今回の目的は?』
「「「みんなを助ける!!」」」
『
賢者が防御壁を解く。その先に待ち構えた彼女が大鎌を振り下ろす、しかしもうわしらに迷いはなかった。攻撃を察知し一度後退し、それぞれの武具を構えなおす。
「オオオオオオオ……」
人ともつかぬ声を上げる彼女に向け、クリスとパスカルが吼える。
「”
「パスカル=プルガリオ・ミシオン! 我が友と
一気に躍りかかる勇者二人の剣戟が軌跡を描く、一撃一撃の返しが凄まじく重い。それだけの命がこのエナには押し込められていることを嫌でも感じさせる、しかしそれがなんだ! これぐらい凌げなくてなにが勇者だ!
エナの動きで大広間に風が靡く、後方に待機したクラムが大鎌を杖にように立て瞬時に祈りを組み立てていく。
大きなエナの動きを察知したのか彼女がそちらに向かおうとする、しかしそれを勇者二人が邪魔をする。強力な闘牙は小さな勇者二人へとそれていく。
「我らマスコットベルトを見守るオーツ神様、命を刈り取り命を生かすあなたの鋼の手をどうかお貸しください」
クラムの凛とした祈りの言葉をエナが追いかける。その重さにクラムがよろけかけたが、賢者の手が少女の背を支え続けた。
限界まで鋭く研ぎ澄まされた精神の大鎌が鈍い光を纏う。大鎌を構え麦の子クラムが立ち上がる、勝負は一瞬、勇者二人が切り開いた彼女の隙に全てを込める。
それは齢七才の女の子にとって未知のことだった。自分よりも大きなエナを扱うなんてはじめてのことで、今にも心臓が破裂しそうなほど大きく跳ねている。けれども母と村の皆の顔を浮かべるとその鼓動もすっと熱を引いて、心の中はとても静かだった。
大鎌を握りしめる、重い、でも心は軽い。麦の村に生まれ、大地と共に生きてきた。これからもずっとそうだ。
なんてことはない、とクラムは想った。
これから村に来る大収穫と同じだ。大切で、でも自分の身の内に根付いた呼吸と同じだ。
「麦の守り手エピオン=プライド・ルーシカの子、クラム=プライド・ルーシカ。収穫を行います。──おかあさん、みんな、今助けるよ」
クラムは、大鎌を振るった。
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