粘土団子をばらまいて緑化を促そうか

 さて、平和になったらなったで、まだまだやるべきことは多い。


 早めにやるべきことは不毛な土地になってしまった場所の緑化だな。


「なにせ黄河なんて言われるようになった原因が、寒冷化もあるにせよ大きな原因は木の切り過ぎだからな」


 中国の森林の伐採による環境破壊問題は既に前漢の時代には、はっきり顕在化していた。


 黄河の水はその名前の通り黄色く濁っており、飲用に適さないものだが、この河の水は上流部では長江同様に透き通っており、古い時代では下流も黄色くはなかった。


 黄河流域はかつては豊かな森林地帯だったんだ。


 氷河期が開けた日本の縄文時代に当たる2万年前から8000年前程は黄河周辺の気候も熱帯に近い温暖な気候で黄河の周辺は森林に覆われていて、象やサイ、水牛、熱帯性の鳥類なども生息しており、人間が狩猟をして生活するには絶好の土地であり、打製石器しか無い旧石器時代の人間にとっても住みやすい場所であったが、氷河湖の崩壊による洪水に度々見舞われてもいた。


「だから古代に治水を行った者たちが聖人扱いされるわけだがな」


 そのうちアワやヒエの焼き畑栽培が行われ、動物や魚・鳥などの狩猟や木の実やきのこなどの採集が行われ、木の実のアク抜きのために土器が作り出されたらしい。


 4000年ほど前の殷代時代でもまだ華北には潤沢な原野が広がり玉器には様々な獣や鳥、魚の姿がかたどられており、豊かな森林や清流のあった様子が伺われたが殷の時代には、土器に代わる陶器の製作や、銅と錫の合金である青銅器の製造が本格化して、燃料としての木材の消費が増えていった。


 そして、3000年前の周代になると寒冷化が激しくなると共に耕地拡大や陶器や煉瓦、青銅器や鉄器の使用量の増加による森林伐採が進み、春秋戦国時代にはさらにそれが加速した。


 やがて秦が中国を統一すると道路や運河の整備や宮殿墳墓の制作のために大土木工事が展開され、咸陽近辺では木材が足りなくなり遠方の森林まで破壊の洗礼を受け、前漢の時代には森林の木材資源の枯渇が深刻な問題になっていた。


 後漢時代には木に代わる燃料として石炭が使用されはじめ、建材にも煉瓦が多用されるようになっている。


 およそ3000年前から2000年前の1000年間に黄河流域の森林面積は半減し、それにより河の水は黄色く濁るようになったのだ。


 現代では1割以下にまで減っているが。


 すなわち黄河の流れが黄土の色で染まり、「黄河」と本当に呼ばれるようになったのは秦に続く漢の時代からであるのだ。


「すぐには無理でも緑化は試みねばな」


 ただそれは言うほど簡単ではない。


 なぜなら中国の人口は多すぎ、さらに今さら鉄器や陶器、焼成煉瓦を使うのをやめるわけにも行かないからだ。


 それらは既に生活に根本的に関わるようになっており、いまさら石器の生活には戻れない。


「そして農地を減らすわけにもいかんのだよな」


 これも人口を支えるためには今更縮小する訳にはいかない。


「となると禿山になっている場所や砂漠化しかけてる場所にちまちま植樹していくしかなかろうな」


 21世紀現在でも基本的な緑化方法となる植樹は要は木の苗を植えることで保水力を復活させて緑を戻すものだ。


「後は粘土団子を使うか」


 粘土団子とは様々な植物の百種類以上の種を粘土や肥料と混ぜて団子を作って、自然環境に撒いて放置すると自然の状態を種が察して、その環境により適応しやすい時期に環境に適応できる植物が発芽しそのまま成長して緑化が進むというもの。


 あまりお金もかからず土をを耕したりの手間もかからず、それでいて砂漠化した不毛の大地に芽生えた芽はその場所をたちまち緑ゆたかな楽園に蘇らせられる。


「田畑というのは特定の植物の種しかまかないからその環境に合わなければ当然育たん。

 粘土団子は言ってみれば真逆な発想というわけだ。


 まずはウリ科の植物が芽を出して根を伸ばし、土を緑の葉っぱで覆ってしまうので水が逃げなくなる。


 そしてその葉っぱの下では別の種類のタネが芽を出して環境を変えていくことで様々な種類の植物がごちゃまぜに生い茂り、やがて不毛な砂漠であった大地に緑の草原が蘇って、そこへ虫たちが集まり、虫を食べるために鳥も集まってくる。


 そして鳥がたべた植物の種は糞を通して別の場所にも広まる。


「草原が復活すれば遊牧民たちも困るまいしな」


 寒冷化により草が枯れて家畜が死んでしまうのが問題であれば、そこでも芽を出せる草をはやしてやればいいのである。


「まあ蝗害には気をつけねばならんが」


 結局人間が人間の都合に合わせて手を入れすぎることで緑は失われていくということなのだろうから、開墾したのはいいが連作障害で放棄された土地などには粘土団子を早速試してみるべきだろうな。


 俺が粘土と種と肥料を混ぜてそれを撒く準備をしていたら皆は俺が童心に帰って泥団子遊びを始めたのかと思ったようだが、中に植物の種と肥料をたくさん入れて、耕作放棄地にそれをばらまいて雨が降った後にウリの芽がにょきにょきでてきたのを見て、細かく説明したら皆真似をしはじめたよ。


 収穫量そのものは多くなくとも放棄していた土地に作物が栽培できるのはでかいしウリは民間でよく食べられているしな。


「そしてむやみに森林を伐採したり、草原を焼いたりした者には罰を与えなばならんか」


 木材が取れるようになったからと、勝手に切り倒されては元の木阿弥だからな。


 俺は聖帝を通じて民へと話が伝わるようにした。


「すなわち禿山や荒野が広がらないような行為を行なうのは徳の高い者の行動であり、森を焼いたり必要以上に伐採するのは徳が下がる邪悪な行為である。

 徳のあるものは死後も安らかに過ごせるが、徳の低いものは死後に安らかに過ごすことはできなくなるであろう」


 というものだ。


 死後に安らかに過ごせないという脅しは意外と有効なのだ。


 そして意図的に森林を伐採して儲けたのならばその分を増税して国に収めさせ、緑化作業を強制的に行わせるようにもする。


「これで少しはなんとかなるか?」


 まあ、自分さえ良ければの精神が人間からなくなることはないから、ある程度やっちゃダメなことは法で定めるべきだな。

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