ハッテン場(エロ)

 俺は最近は有料のハッテン場に行くようになった。50を過ぎて女性にもてなくなってきたし、自由にできる金もなくなったからだ。ハッテン場っていうのは、男性同士が身体的な出会いを求める場所だ。サル痘感染者が出始めているのに迷惑だ、と憤るかもしれないが、もっと感染者が増える前に行っておきたいという思いもある。


 俺は仕事帰りに駅のロッカーにカバンを預けて、ハッテン場に向かった。俺はそんなに絶倫なタイプじゃないから、一人相手が見付かったら退店するようにしている。俺はゲイじゃないけど、最近は女性を口説く気力もなくなったので、そういう場所が手っ取り早くて好きだ。それに、女性より男の方が優しい。俺の個人情報をいちいち聞いたりもしない。


 俺はその夜、ある男性と知り合った。多分、40歳くらいの人だ。すごく気持ちよかったので、また会いたくなった。俺が連絡先を交換したいというと、じゃあ、この後飯でも食いに行かないかと言われた。俺は喜んでついて行った。


 話しやすくて、すごく楽しかった。こういう人に会うと、人間誰しも相性ってあるなと感じる。品のいいサラリーマン風で、見た目もタイプだった。


「今まで色んな有料ハッテン場に行ったけど、怖い思いもしましたよ」

 その人が言い出した。

「どんな風にですか?」

「もう10年くらい前になるんですけど、僕が個室で待っていたら、そこに身長170センチくらいの痩せた男の人が入って来ました。あまりタイプじゃなかったけど、変な時間だったこともあって、誰も来ないからそのままにしてたんです。すると、触って来た人の体温が妙に冷たいんです。人間って、低くても35℃台後半でしょう?暑い時は、ひんやりして気持ちいいと思うかもしれませんが、それが度を越していて、触られるとぞくぞく・・・という感じなんです」

「冷たいシャワーを浴びたばっかりとか」

「それならわかるんですけど、全部が冷たいんですよ。キスしても口が冷たくて、舌が氷舐めた後みたいなんですよ」

「なんででしょうね?病気か何か?」

「さあ・・・気持ち悪いんで、『すいません、やっぱりやめたいんですけど』って断りました。そしたら、その人は、『あ~あ』と、わざと感じの悪いため息をついて、出ていきました。僕はその後姿を目で追っていると、なんだか変なんです。


 上半身と下半身の位置がずれているというか。足はもう先に行っているのに、体だけは部屋に残っているみたいに見えたんです。あの人は何だったんだろうって思っていたら、次に入って来た人がぶるぶる震えていて、「今そこで、上半身と下半身がずれてる男が歩いていた」って言うんです。


 そんなのが歩き回ってる店なんて、怖くていられないですよね。私は入って来た、小デブのサラリーマンにはお引き取りいただいて、やっぱり帰ることにしました。まだ時間も早いし、別な店で仕切り直しと思ったんですけど、さっきの人の肌の感触が忘れられなくてシャワーを浴びて帰ることにしました。


 それで、シャワーを浴びてたんですけど、後ろから抱き着いてくる人がいるんです。マナーの悪い客だと思って、かっとなって振り向いたら誰もいない。けっこうな力だったんですけどね。幻覚とは思えません。


 僕は怖くなって、急いで店を出ました。

 それで、店を出た後で、レシートを見てクレームの電話を掛けたんです。


 そしたら、『この電話番号は現在使われておりません』っていうアナウンスが流れて・・・。あり得ないですよね。レシートの電話番号が間違っているのか、電話を解約したのか。どういう店だったのか今となっては不思議です」

 

 次第に、その人の容姿が崩れていくような気がした。10年も前からハッテン場を利用しているなんて、どんだけ遊んでるのかと思う。俺なんてまだ3回くらいしか行ったことがないのに。


 彼は品のいいサラリーマンじゃなくて、ゴミの臭いがプンプンする、薄汚れたアスファルトのように思えた。

「この後、ホテル行きませんか?」

「いいえ・・・明日早いんで」

 俺は自分から誘ったくせに断った。それからはハッテン場を利用するのをやめた。

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