続・キャビンフィーバー(1)

 これは俺が山梨で貸別荘を借りた話の続きだ。

 その時のことは「キャビンフィーバー」というタイトルで別建てで書いている。


  キャビンフィーバーというのは、僻地や狭い空間で生じる異常過敏症のことだ。

 同タイトルで、2002年制作のホラー映画があるのだが、続編が3作もあるヒット作だ。田舎では、家が大自然とフラットにつながっているように見えるが、実際はそうではない。外からの危険に対して常に閉じているものなのだ。家と言うのは住人の鎧のようなもので、そこから出てしまったら裸も同然だ。


 山梨は東京の隣の県だが、熊が出ることもあるようだ。もともと熊の生息地域に人間が入り込んでいるのだから、仕方がないのかもしれない。それに、マダニからSFTSウイルスが出たとも報告されている。発症した人がいるかは不明。まだないかもしれない。SFTSウイルスの致死率は15~25%程度でウイルス感染症としては非常に高いのだ。

 と、こんな風にまれなウイルスを怖がっているようだと、山暮らしは全く向いてない・・・。


 話を戻すと、俺が一週間別荘で一人のんびり過ごそうとしていたら、初日の夜にいきなり若い男が尋ねて来た。泊めてくれと言ってなかなか帰ろうとしないので、俺はその別荘を飛び出してしまったんだ。


 家に帰ろうと思って駅まで歩いてみたが、もう電車がなかった。

 それで、ネットで調べて、近くの民宿を見つけ、無理を言って泊めてもうらうことにした。


 畳の和室で風呂とトイレは共同だった。

 朝食つきで6000円くらいだった。

 俺はようやく一人になって一息ついたが、民宿に残して来た男が心配だった。

 暗所恐怖症だと言っていたから、パニックを起こして暴れたりしているんじゃないだろうか。そしたら、都合よく、古い別荘の修繕費を俺が負担させられてしまうかもしれない。

 

 俺はリュックから着替えを出した。

 そして、突然、レンタカーを借りていたことを思い出した。

 焦っていたから、駅まで歩いて来てしまったが、1週間車を借りていたんだ。

 どうしよう・・・別荘には戻りたくない・・・。

 俺は不安でほとんど寝られなかった。

 

 次の朝、飯を食って、さあ会計という時になったら、ようやく財布がないことに気が付いた。

 あ、別荘に財布忘れたんだ・・・俺は真っ青になった。

 会社の名刺も財布に入っている。

 俺は民宿の人に謝って、東京に戻ったら現金書留で宿代を送る約束をした。


 それから、俺は貸別荘の管理会社に連絡をした。


「昨日、別荘にいたら夜に変な男が尋ねて来て、泊めてくださいって言われまして・・・。それで、怖くなって飛び出してしまったんです。まだ、その人が中にいるかもしれないから、申し訳ないんですけど、一緒に行ってもらえないでしょうか。まだ何日かありますが、もう東京に帰ろうと思うので・・・」

「ああ、そうですか。わかりました。大丈夫です。今から車で迎えに行きますので・・・」


 俺は管理会社に指示された通り、駅の待合室のベンチに座って待っていた。 

 1時間後くらいに管理会社の人がやって来た。

 

 スーツ姿で30歳くらいの爽やかな好青年だった。

 右手の薬指には結婚指輪が光っていた。

 こんな田舎で不動産管理の仕事をしているくらいだから、地元出身か、山が好きな人なんだろうかと思った。

 

「お忙しいのに本当に申し訳ありません」

 俺は心から申し訳ないと思って謝罪した。

「いいんですよ・・・災難でしたね。変な男ってどんな人でしたか?」

「25くらいの若い男の人で・・・隣の別荘に住んでるって言ってました」

「ああ、そうですか。両隣もうちの管理物件なんですけど・・・今は両方空いてるはずなんですが」

「え?そうなんですか?」

「はい。実は、あの辺は前から変な人が尋ねて来るって苦情が来てまして・・・泊めて欲しいと言うから、仕方なく泊めてやったら、夜中になって布団に入って来たって言ってた方もいました」

「気持ち悪いですね」

 あそこで小屋を出て正解だったんだ。

 俺はほっと胸を撫でおろした。

「ええ。警察にも相談したんですがどういう人かわからなくて・・・」

「はぁ・・・でも、あの辺に住んでるって言ってましたけど」

「あの辺って全部うちが管理してるんですよ。だから、ちょっとおかしいなって。それらしい人はいませんし・・・お客さんは都心から来る人ばっかりなので、もしかしたら、一人で来る男性を狙って遠征してきてるのかもしれません」

「怖いですね・・・財布を置いて来てしまったんで・・・きっと私の住所とかも調べてますよね・・・」

「まあ、でも、それで何かするっていうことはないんじゃないですか」

 管理会社の人は他人事のように言った。

 

 俺は警察に来てもらえばよかったと思いながら、借りていた別荘に向かった。

 外にはそのままレンタカーが停まっていた。

 まだ、中にいるかどうかは見えない。

 俺はいるんじゃないかと思って、わざと管理会社の人を先に行かせた。


「忘れたのは財布くらいだと思うんですが」

 建物の外から言った。中に入るのが怖かったからだ。

 管理会社の人はしばらく中を点検して戻って来た。

「靴もないし、もういないんじゃないですか」

「あ、そうですか。ありがとうございました」


 俺はほっとして中に入った。

 俺が置き忘れた財布はテーブルの上に置かれていた。

 台所は、昨日の男が片づけてくれたのか、皿はきれいに洗われていた。

 あれ、カゴに包丁はあっただろうか。

 ・・・見えなかった。

 きっと横になって入っているんだ。


 俺は他にも下着を忘れていた。

 ソファーの上にトランクスとTシャツが丸めて置いてあった。

 慌ててそれをリュックに詰めた。

 ゴミ箱には山盛りのティシュが捨ててあった。

 何とも言えない気持ちになった。


 その時、クローゼットから、カタン。と音がした。

 そして、犬の匂いもした。

 管理会社の人は気が付いていないみたいだった。


 俺は管理会社の人の顔をじっと見て言った。

「ほんとすいませんでした。じゃあ、これで・・・。なんかあったら連絡ください」


 そして、走るように別荘を出た。

 震える手で車の鍵を開けて、急いで車を発進させた・・・。

 

 やばい!

 やばい!

 男がまだクローゼットにいる・・・。


 俺は駅まで急いだ。

 とにかく逃げられたんだ。


 管理会社の人はどうなっただろうか。

 クローゼットを開けて、男と鉢合わせしているかもしれない。

 包丁を持っているかもしれない。

 騒がなければいいんだ。

 それで、今回だけと見逃してやれば・・・。


 もし、貸別荘を借りて誰か尋ねて来ても、決して中に入れてはいけない。

 それが今回の旅の教訓だ。

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